シンガポールで猫どもと暮らす。 -17ページ目

シンガポールで猫どもと暮らす。

2012年9月よりシンガポール生活が始まります。運命共同体の愛猫たち、ナローとシュガー。それと、MBA留学中の旦那さまとのシンガポールライフを記録していきま〜す。ちゃんと更新できるかな・・

今日は、日本から悲しいお知らせがありました。
わたしと旦那さんの師匠にあたる方の訃報。

アパレルの仕事をずっとしてきた私が、
ひょんなことから広告会社に勤務することになり、
そこでお世話になった大先輩です。

はじめは、異業種からの転職で広告の「こ」の字も知らず、
でも、良きクライアントに恵まれて、なんとか役に立ちたいと
いい提案ができるようになりたい、と、
その会社に入社してから最初の1年間は必死でした。

わたしが広告業界に入った当時は、まだまだ、実際は男社会。
加えてわからないことだらけの、つまづいてばかりの、
でもへこたれている時間の余裕なんかなく
すごい勢いの渦の中に、飛び込んでしまったような感じさえしていました。

ひとつ、仕事が決まれば、
自分自身の努力だけではどうにもできないほどのお金が動きます。
もちろん、それとセットで依頼主からの大きな期待も。
誰かに相談したくても、誰もいない。(会社にいない!!)
40人規模の小さな広告会社だったこともありますが、
ほんとに、みんな、早朝から深夜まで、
打ち合わせ、提案準備、スタジオに缶づめ状態・・などなど、
ほぼ、実働部隊はオール外出中・・・の毎日。

そんな中、深夜に必ず会社に戻ってくるYさん。
鼻歌をうたいながら、すこしお酒の匂いをただよわせながら。

Yさんは、某大手広告会社の、当時は名だたる広告賞を総なめにしていた
クリエイティブディレクターさんでした。
もっと、丁寧に、納得のいく仕事がしたい、と言って、
後にわたしが勤めることになる会社に転職してこられました。

ご自分の仕事を終えて、
深夜に会社に戻り、わたしなんかの質問攻めに、
丁寧に、時間をかけて応えてくれたYさん。

あなたがいなかったら、今のわたしはありません。
といっても過言ではありません。
企画書だって、仕事の進め方だって、
あたしはあなたを見て、まねて、覚えていった。

あなたがいつも、ほめてくれたから、
あなたがいつも、しかってくれたから、
そしていつも、会社近くのバーで、相談に乗ってくれたから、
自分には分相応でない大きな仕事も、なんとか、なんとかやってこれました。

わたしが一度からだをこわして、
1ヶ月仕事を離れなければならなかったとき、
気がつけなくて、ごめんね、と。
女の子なのに、からだを大事にしなきゃね、と。泣いてくれました。

そう、うちの旦那さんとは、最強のコンビでしたね。
かっこよかったなぁ~♪
Yさんのプレゼン、今、もう一度みたいです。

旦那さんは、猫どもを抱っこしながら、
今日は早めにベットにはいりました。彼は、私よりも
もっと、もっと、辛いはずです。


「絶対、これで最後ですからぁぁぁ。これで、決まりますからぁぁ。。」
営業のおかわり提案の催促時、お約束文句に、いつも笑顔でこう応えてましたね。
Yさんの口癖。
「僕は、何があっても、何をもうらまないよ。
でも、一言一句、すべてを覚えてるよ。一生忘れないよ~。笑」

わたしも、あなたの、一言一句。たぶん、全部覚えてます。
きっと、全部忘れない、です。一生。

Yさん。ほんとに、ありがとうございました。
一緒に過ごしてくれた時間は、どれだけ貴重なものか。
Yさんが心をこめてつくった提案書。
はじめて、一緒にお仕事させてもらったときのもの。
今でも、持ってるんです。シンガポールにも、持ってきてました。

心からご冥福をお祈りします。