前回の投稿から何年もの時間が経ってしまいました。
この数年の間に私は救急医療の現場からは離れております。
救急医療を辞める直前の私は只々疲弊する毎日でした。詳細はこのような場ですので書くことはできませんが、残酷かつ理不尽に奪われていく命をたくさん目の当たりにして、現実の恐ろしさにただ圧倒され、未熟だった私は最終的に燃え尽きました。
コロナ禍の前の救急医療現場ですらそのような過酷な環境だったので、このコロナ禍に奮闘されている救急医療の関係者の方々は本当に医療者の鑑だと感じております。
人を救命するという夢や希望に満ちて医者人生をスタートさせた私は早くも道を見失ったのでした。
突然襲い来る不安。何度も夜中に目が覚めては座り考え込み、答えの無い問答を延々と頭の中で繰り返し、自分の将来に絶望し、家族に心ない言葉を浴びせ、私の情動は乱れ続け、漠然とした死への思いを抱くようになった頃、家族から精神科への受診を後押ししてもらいました。
私は何にでも病名をつけるのがあまり好きではないのですが、診てくださった先生からは、急性ストレス障害という見立てをいただきました。その後程なく休職し、同期や憧れだった先輩達に会わせる顔もなく、私は逃げるように退職してしまいました。
その後しばらくは、家族とともに穏やかな時間を過ごし、働きもせず空を眺めて時間を潰したり、コンサートに行ったり、これまで走り抜けてきた人生とはまた違う凪のような時を送りました。
一度自身の精神のどん底を見てからは、休むことで次第に心身ともに回復し、そろそろ働こうかという思いも出てきました。何故かはうまく説明できませんが、これからは精神科医になろうとふと思い立ち、私はその後精神科医になりました。前回のブログを書いた後の話です。そして現在も精神科医としてなんとか続いております。
自分もしんどくなったから、患者さんの気持ちが分かる、なんておこがましいことは言えないと思います。実際に精神医療の現場で目の当たりにする精神科患者様の苦悩は共感はできても全てを理解して差し上げられないほど大きいものです。
全てを理解はできなくても、感じている痛みや辛さに寄り添えるようには意識しております。できているかは分かりませんが。
人はそれぞれが時に抱え切れない痛みや苦しみを持つものだと思います。精神科医をしていると、よく『こんな内容のことで病院に来てすみません』と患者様から言われます。
それは、仕事のこと、家庭のこと、恋人のことなど多岐に渡ります。
そもそも精神科への受診は内科への受診とは違い、多くの人にとって身近に慣れ親しんだものではないと思います。そういった精神科へ受診するというのは、事前に迷ったりした挙句に来られるケースがほとんどですので、多くの方が痛みや苦しみを抱えておられます。痛みや苦しみがあれば理由はなんだっていいと思います。何かを変えたいと思ってきていただく以上は何かを変えられるような関わりを心がけています。
ですので、人に相談していいものか分からない理由であっても、痛みや苦しみを心が感じているのであれば、精神科や心療内科に受診して欲しいと個人的には感じております。周りにそういう人がいたら後押ししてあげてほしいです。
私は、家族が受診を後押ししてくれて、私自身も精神科を受診したからこそ、精神科医としての今の自分があると考えております。あの日家族が繋いでくれたものがあったおかげで、今患者様の人生に寄り添える日々を送れているのだと感じています。
この数年の間に私は救急医療の現場からは離れております。
救急医療を辞める直前の私は只々疲弊する毎日でした。詳細はこのような場ですので書くことはできませんが、残酷かつ理不尽に奪われていく命をたくさん目の当たりにして、現実の恐ろしさにただ圧倒され、未熟だった私は最終的に燃え尽きました。
コロナ禍の前の救急医療現場ですらそのような過酷な環境だったので、このコロナ禍に奮闘されている救急医療の関係者の方々は本当に医療者の鑑だと感じております。
人を救命するという夢や希望に満ちて医者人生をスタートさせた私は早くも道を見失ったのでした。
突然襲い来る不安。何度も夜中に目が覚めては座り考え込み、答えの無い問答を延々と頭の中で繰り返し、自分の将来に絶望し、家族に心ない言葉を浴びせ、私の情動は乱れ続け、漠然とした死への思いを抱くようになった頃、家族から精神科への受診を後押ししてもらいました。
私は何にでも病名をつけるのがあまり好きではないのですが、診てくださった先生からは、急性ストレス障害という見立てをいただきました。その後程なく休職し、同期や憧れだった先輩達に会わせる顔もなく、私は逃げるように退職してしまいました。
その後しばらくは、家族とともに穏やかな時間を過ごし、働きもせず空を眺めて時間を潰したり、コンサートに行ったり、これまで走り抜けてきた人生とはまた違う凪のような時を送りました。
一度自身の精神のどん底を見てからは、休むことで次第に心身ともに回復し、そろそろ働こうかという思いも出てきました。何故かはうまく説明できませんが、これからは精神科医になろうとふと思い立ち、私はその後精神科医になりました。前回のブログを書いた後の話です。そして現在も精神科医としてなんとか続いております。
自分もしんどくなったから、患者さんの気持ちが分かる、なんておこがましいことは言えないと思います。実際に精神医療の現場で目の当たりにする精神科患者様の苦悩は共感はできても全てを理解して差し上げられないほど大きいものです。
全てを理解はできなくても、感じている痛みや辛さに寄り添えるようには意識しております。できているかは分かりませんが。
人はそれぞれが時に抱え切れない痛みや苦しみを持つものだと思います。精神科医をしていると、よく『こんな内容のことで病院に来てすみません』と患者様から言われます。
それは、仕事のこと、家庭のこと、恋人のことなど多岐に渡ります。
そもそも精神科への受診は内科への受診とは違い、多くの人にとって身近に慣れ親しんだものではないと思います。そういった精神科へ受診するというのは、事前に迷ったりした挙句に来られるケースがほとんどですので、多くの方が痛みや苦しみを抱えておられます。痛みや苦しみがあれば理由はなんだっていいと思います。何かを変えたいと思ってきていただく以上は何かを変えられるような関わりを心がけています。
ですので、人に相談していいものか分からない理由であっても、痛みや苦しみを心が感じているのであれば、精神科や心療内科に受診して欲しいと個人的には感じております。周りにそういう人がいたら後押ししてあげてほしいです。
私は、家族が受診を後押ししてくれて、私自身も精神科を受診したからこそ、精神科医としての今の自分があると考えております。あの日家族が繋いでくれたものがあったおかげで、今患者様の人生に寄り添える日々を送れているのだと感じています。