前回日記を書いたのがチリ地震のときでした
それから仕事が忙しくて放置してたのですが、3月11日から働けない状態になりました
地震、そして津波
私は宮城県七ヶ浜町という海辺の町に住んでいます
勤務地は仙台なので震災時は仙台市内にいました
揺れて停電になる直前までキーボードたたいてましたが、おさまってからみたら天井おちてる所もありました
なにやってんだ俺…机の下にかくれろよ………
その後、すぐ解散となり徒歩で帰宅(電車ストップのため
実はその時は津波被害のことなんて考えてもいませんでした
今日は歩いて多賀城(自宅から最寄り駅)までいき、そして車で帰る
月曜からはいつも通り忙しく毎日になると…そう思ってました
徒歩で帰るのは思った以上に大変でした…泣きっ面に蜂とでもいいましょうか
吹雪いてたんですよね…
傘もなく雪をかぶりながら3時間くらい歩き…
多賀城の手前の中野栄駅を通過…し…た…ら…
あれ????
道路に車が山積み!?
え?
ここってR45だから結構海岸から離れてますけど!?
津波ここまできたの!?
って道路水没してる!!
やばい…自宅が流されてるんじゃ…両親は逃げられたかな?
不安が一気にたかなりました
頼みの携帯はいっこうに繋がる気配もなく…
早く帰らねば…
しかし、道路が水没…
はっ!
線路の上をあるけば!
……線路…水没………
1.水没地帯を強硬突破
2.避難所に待避
3.超迂回
ちなみにこの時点で夜に…停電のため真っ暗
聞こえるのは踏切音(水没でこわれた?)と車のクラクション(津波で水没すると鳴り続けるようだ)
私たち(職場にはもう1人七ヶ浜在住の人がいた)の決断は…
3.超迂回
1.だって水没どこまでしてるかわからんし途中で低体温症で力つきるかもしれない
2.は論外
街灯のあかりもなく真っ暗でアイスバーンでつるつるな中、てくてくと歩く…
途中、多賀城市高橋の兄の自宅に寄る
いねぇぇ…
でも津波被害はないようだし車も2台あったから職場から帰ってきてどこかに避難したと判断
そして…やっと多賀城駅に到着…って警官が道路封鎖してるー……
警官「七ヶ浜?だめだめ津波でだめだ」
………
一晩中、七ヶ浜の石油基地の火災、爆発をみながら過ごし…そして…夜が明けた…
明るくなってから車で出発、下馬経由貞山橋(封鎖解除されてた)から七ヶ浜に
あぁ、いきつけの床屋さんが水没してる;;
なにこれ…
ショックを受けてましたがまだまだこんなもんじゃなかった
津波の直撃を受けた浜辺地域はなにもなくなっていた
生まれ育った思い出の地は瓦礫の山…
家は……どうなって……
……あ……っ……た……
無事でした
とりあえずうちは家族無事でした
しかし…友人達の安否が現在でもとれなく…
安否未確認リストに名前が載っています
…逃げ切れますように
ライフラインは電気のみ復旧しました。
通勤手段がなくなってしまったのでこれからどうしよう…ってのはまだまだ幸せな悩みでしょう
うちは、家があるのだから