大隅は電車があった方がいいんじゃないかな?
確かにレンタカー使えばって話はあるけど、
自分で運転するかしないかの違いもあり、
海沿いの景色が絶景だけど運転中は見れないし。
今回の出張の途中で、絶景だった桜島を挟んで西側、
鴨池、南鹿児島駅も行って、国分駅も、
西側から中央を走っている電車は乗りました。
西側は、それ程、黒ずんだ建物とか、東側みたいに
あまり見受けられなかったように思います。気のせいかな?
東側の垂水、鹿屋には電車がない、40年前はあったそうです。
大隅線という国鉄の電車があったそうで、
33駅あったけど昭和62年に廃止。
その跡地には公園等ができてて、
鹿屋には鉄道記念館があります。行きました。
大隅線の電車の展示物が多数置いてあります。
当時の電車そのものも置いてあります。
記念館は今日は乗客が自分だけだったようです...
大隅線の電車ごと残っていて、
車内も展示物になっていたので入りました。
宙吊り広告も当時のものそのまま。
しかも、この広告、加山雄三の父だそうです。
昭和62年のものがそのまま。
展示物の中に、垂水から鹿屋に走っていたと思われる
ビデオ?映像が流れていました。聞いたら、
大隅線が走っていた頃に車で追って撮影されたそうです。
垂水から鹿屋に走る時に途中走る海沿いの景色が絶景でした。
確かにバスに乗れば見れるんだけど...
こんな景色が
ずっと広がっていたんじゃないかな。
海が綺麗、砂浜の綺麗さが半端なかったり、
よくここに住めるなぁという場所にも家にあったり、
この辺にしかない植物を見かけたり、
反対側、鹿児島の西側の山々も見えたり。
無心で、ずっと見てられます。
タブーだったかもしれないけど、聞いてみました。
(nara)「大隅線って廃止になったのはなぜですか?
やはり乗る人が減ってしまったからでしょうか...」
(*)「ええ、わたくし共は当時は電車だったのですが、
車の普及、道路の開通等があり、乗客が減りました。」
若干、車の普及に関して寂しそうに話されてて、
同じく寂しい気持ちになりました。
説明員の方も、志布志駅の方も、
鹿屋の新しい交番の方は朝挨拶してくれるし、
桜島のカレーの店の方も気さくに話してくれる。
平和な気持ちになれる場所だったと思います。
桜島は自然が生んだ絶景が広がっていて、
そして、行きにくい、できれば
電車乗って見たかったなぁという未だ見ぬ景色。
鹿児島出身の長渕剛さんの歌で
「東京青春朝焼物語」という中に、
♪今日から俺 東京の人になる~♪
という、並々ならぬ意志がサビで表現されています。
もし自分が鹿児島で育った人間だったとして、そんな
平和に溢れた場所、地元を離れることができたかというと、
もしかしたらできなかったかもしれません。
恐らく、この強い歌のように、強い決意が必要で、
そこまでして自分は離れたくないと思ったと思う。
from nararinn
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