何でこんなことになったんだろう
どこでまちがえたんだろう
どこかで間違えたなら
何が正解なんだろう
この生き方には少しも満足できてない
まったくどうしたものか
本当に途方もない
弟が反抗期で毎日母さんと喧嘩してる
それだけで嫌だ
なのにまだ問題はある
弟の意見もわかる
母さんの気持ちもわかる
本当はだいぶ前からそうで
まぁだからなんだって話だけど
自分は果たしてそれだけの価値があるのか
過去に経験したこととか言われたことに見合う価値があるのか
ないよね
毎日のように朝から出かけて
それだけの行動をする価値なんかないんだが
ないよ
あたしには何十万もする授業料とか
何万もする交通費とか
もっとかかる生活費なんかの価値もない
だって未来のことを考えたときに
めんどくさいとしか思わないよ
甘ったれんななんて耳がちぎれるぐらい言われた
でもどんな未来考えたって
めんどくさいんだよね
どんなに楽な生活だって面倒くさい
親はいつか死ぬよ
あたしはどうするの
そんなことを考えている現状にうんざりなんだ
戦いたくないとかそれ以前に
明日も予定があるとか
あたしはこの今っていう未来に
なにを期待してたんだろう
なにもかも間違えた これが正解だ
私事でございますが
感情をね1ccも残さずに表に出すということが
果たして可能だろうか
多くのひとが 不可能だ というかもしれない
もしかしたらその反対で
いつも私は感情のままに生きています
っていうのかな
あたしはね
こういうことをいつも考えてたいの
教科書とか授業とか関係なく
お金も時間も関係なく
人間関係もなんも気にしないで
ただ没頭するならそういうことをしたい
自分がどう思うのかとかじゃなくて
人がどうおもってるのか実は気になってて
ただそれを知ってどうするかっていえば
人を動かしたりする機会もないし
だから特に実用性もないし
ただなんかバカにしたい
みたいなとこはあるよね
本題ですが
冒頭に書いたように
感情のままに生きている人間というのは
じゃあたとえばものすごい感情の起伏が激しい人間なら
激しい生活になるんでしょうかね
日々喧嘩日々感動みたいなね
逆に感情の薄い
何にも感動を憶えないような人間なら
どういう生活になんの
ただ淡々と何かをこなすだけなのかな
どうなんすかね
てか自分はどっちなんでしょうね
まぁほとんどの人間に多面性があることから考えれば
自分も特殊な人間ではないから
どっちともいえるんじゃないのか
ならばどちらのタイプの感情も出すと考えれば
感情を出し切った状態では
どのような様子になるのか
☆ここからは汚い文になるよ☆
正直さ
今の今まで黙ってたと思うけど
あたしは全く正常な精神の持ち主だよ
中学生のときにね
あたしが興味を持ったのは
心理学なんかじゃない
精神病患者のほうに興味を持った
彼らはおもしろい感性を持ってるから
嫌いなタイプもいるけどね
それで自分もそうなるにはどうしたらいいのか
ってなったんだ
そこから間違った
完全なるコピーを始めたんだ
本とか読んでどんな症状なのか
どんなケースがどう診断されるのか
調べまくった
心理学に興味があるとか言って
コピーの具現化に時間を費やした
何に対してもあたしは特殊が好きだった
まったく幼稚な発想だけど
当時一番嫌いだった 真似 を
自分がしてることにさえ気付かなかった
わらえるよね
そんな感じで辞書とか本とかとにらめっこして
具現化の毎日を過ごした
特別だと思ってたから 自分を
自分の中で自分が特別なのは当たり前のことだ
そんなことも知らないで
ただ真似して 気付いたら本当に病院行ってたよね
金もったいねえな
別に不幸なことがあったわけじゃないし
とくに特殊なこともないまま成長するのが嫌だったんだろう
小さいころから魅力ある人間にはそれなりのハプニング的ななにかがあると思いこんでたから
そんで なんせ自分は特別だと思っていたものだから
だからやった
なんかちょっと違うきがするけど
まぁいいや
だけどやっぱふと これ違うだろ
って思うふしは何回もあって
こんなことばっかやってて
果たしてこれは自分の人生だと言い切れるのだろうか
こんな生半可なことばかりでは
きっと実体のない幽霊のような人間になりそうだな
っていうか今まで自分が戦ってきたものってなんなん?
何が気にいらなかったのか
とっくに 愛 だとかそういうものなんて
いらないとか言ってきたんじゃなかったっけ?
そこの矛盾に気づいた
人間だもの とかいってそこから目をそらすのは
もうやめた
いうならあたしは人間なんかじゃない
人間なんか嫌いだし
生きることさえたまにやめる奴なんか
お世辞でも人間という生き物に認定されててはいけないんじゃないの
だって生物って いきものでしょうよ
以上