ナオのブログ -12ページ目

ナオのブログ

ブログの説明を入力します。

今年もあと12時間を切りましたねぇ。
皆様は、いかがお過ごしですか?
 
自分は、今年ブログやFacebookを始めました。
そこで沢山の人達にお会いできたんですよねぇナオのブログ-DP1_0150.GIF
まぁ、あまり更新できてないんですけどねナオのブログ-DP1_0444.GIF
 
でも、皆さん優しくて時々しか更新しない自分のブログにも、ちゃんとコメントをくれるんですよねぇナオのブログ-DP1_0417.GIF
 
多分、来年も変わらず更新頻度は低いと思いますが、これからもよろしくお願いしますナオのブログ-DP1_0202.GIF
 
それでは皆様、良いお年をお過ごし下さいませ~ナオのブログ-2135.gifナオのブログ-1189.gif
前に、お芝居を観に行った時にみつけた「“夢”シール」。
よく見ると、「ありがとう」の文字で書かれています。
スゴいですよねぇ。即買いしました(笑)
 
この文字を考案した砂川正美さんは、自らが教える少年野球チームの子どもたちを どう導いていくべきか悩んでいた時に、夢にこの文字が現れ筆を執ったと言います。
これを文字にしてから、野球チームや仕事関係で評判になり、シールやステッカーにしたそうです。
「自分を産んでくれた親に感謝・野球が出来る環境に感謝。地域の人たち、社会に感謝してがんばれば おのずと道は開ける」
「感謝の気持ちが夢をつかむ事になる」と、子供たちにも教えているそうです。
そして、この文字を新聞で見て勇気づけられ、大病を克服した沖縄に住む実在の男性もいますナオのブログ-1199.gifナオのブログ-1199.gif
沖縄のラジオ番組で、この話をラジオドラマで再現し放送されました。
残念ながら、ポッドキャストなどにも配信されてない(多分)のでお聴かせできませんが、いつか配信される事があれば またブログにアップしますねナオのブログ-DP1_0021.GIF
 
自分も感謝の気持ちを忘れないようにしなきゃなぁ。
ブログ友の皆さん、いつも楽しい記事を読ませていただいて、そして自分のブログも読んでくれてありがとうございましす!ナオのブログ-DP1_0202.GIFナオのブログ-DP1_0202.GIF 
これからも、よろしくお願いしま~すナオのブログ-DP1_0103.GIF



最近、Facebookで話題になり、沢山の人がシェアしている話です。

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ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。
その先生が五年生の担任になった時 一人、服装が不潔でだらしなく、遅刻をしたり、居眠りをしたり 皆が手をあげて発表する中でも、一度も手を上げない少年がいた。
先生はどうしてもその少年を好きになれず、いつからかその少年を毛嫌いするようになった。
中間記録に先生は少年の悪いところぱかりを記入するようになっていた。
ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。
そこにはこう書いてあった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切弁口もよくでき、将来楽しみ」とある。間違いだ。他の子に違いない。先生はそう思った。
二年生になると母親が病気で世話をしなければならず、時々 遅刻する と書かれていた。
三年生では 「母親の病気が悪くなり、疲れていて 教室で居眠りをする」。
三年生の後半の記録には、「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、四年生になると 「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」。
先生の胸に激しい痛みが走った。
だめと決めつけていた子が突然 深い悲しみを生き抜いている 生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。
先生にとって目を開かされた瞬間であった。
放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで、教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない? わからないところは教えてあげるから」。
少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。
六年生で先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。



先生は僕のお母さんのようです。
そして、今まで出会った中で一番素晴らしい先生でした。
それから六年。またカードが届いた。
明日は高校の卒業式です。
「僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金ももらって医学部に進学する事ができます」
十年を経て、またカードがきた。
そこには先生と出会えた事への感謝と、父親に叩かれた体験があるから 感謝と痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生の時の先生を思い出します あのままだめになってしまう僕を 救ってくださった先生を、神様のように感じます。
大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生のときに担任して下さった先生です」
そして一年 届いたカードは結婚式の招待状だった 母親の席に座ってください と一行、書き添えられていた。
先生は嬉しくて涙が止まらなかった

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投稿者のコメント
僕は、このお話を日本中の先生に読んでもらい たいです 日本中の大人に読んでもらいたいです ダメな人なんていない 可能性のない人なんていない
僕たち大人が、ダメだと決めつけてしまう考え方があるだけで…


【てっぺん大嶋啓介_夢エール】より このお話の出典元は、鈴木秀子先生のお話より ー以下にリンク先記載ー 人間学を学ぶ月刊誌「致知 http://www.chichi.co.jp/enwoik asu.html