日本語の教え方 第40回

  第3章 自然な正しい発音

 A.不自然な発音 

 B. 原因~矯正の手がかり

 C.矯正と予防

 1.矯正につながる要因と予防につながる要因

 2.矯正指導

(1)変な癖よりカナ釘流~図示

(2)日本人の話し方~記号化

(3)文節が発音の単位であることを指導する意義

(4)自己紹介改革

 

3.教科書へのお願い

(1)考慮すべき四つのポイント

 

 ➀日本語を聞いて育っていない

 日本人は生まれてすぐ家族とくに親の日本語が耳に入ってくる。しかし、外国人にはこの刷り込みがない。

 日本語がテレビでよく触れる英語ほどポピュラーな外国語でないことも認識しなければならない。

 

 ②初めて日本語に接する環境

 外国人が日本語を勉強するとき、日本で勉強を始める人。外国であっても日本人に習うことができる人ば恵まれている。

 

 日本人以外でも自然な日本語を身につけていれば問題ない。

 

 しかし、教師の間に不自然な日本語が伝承されている一隅(いちぐう)があることを、日本語教材関係者に考慮していただきたい。

 

 初めて教わる教師の日本語がその人の『日本語』になる可能性が高く、その国の言葉の影響も否定できない。

 

 ③ 不可欠な発音指導

 大学や短大日本語科以外の多くの日本語教育で使われているのは「新日本語の基礎」と「みんなの日本語」の二つである。内容は酷似している。

 

 この中で発音については事項で見るように『日本語の発音』として重要性を意識して取り扱われているほか、テープが別売され広く使われている。

 

 しかし、正しい話し方の「能動的な指導」が三つ目のポイントである。

 

 具体的そしてあからさまに言えば、『三重苦』を伝承してきた教師がすぐ矯正しなければと気付くような発音指導を冒頭に配置していただきたいということである。

 

 蛇足であるが、テープでさえも「これは1つのモデル」とする「編曲」の前にしばしば無力である。すなわち、テープの後をついて、一斉に[□wa⤴]、[□wo⤴]と復唱するのである。教師は指摘しない。

 

 ④外国人の不正確な発音の実態

 三重苦はベトナムの技能実習生に見られる不自然な日本語の発音のケースであって、他国で日本語を勉強する人が同種の発音で問題を抱えているのかどうか投稿者はわからない。

 

 しかし、発音についての能動的な記述が主要な教科書の中にあったら、かなり多くの人が正しい発音の仕方を身につけ、矯正を要するような不自然な日本語に陥る淵から救われることは間違いない。教科書開発関係者に外国人の発音の実態に関心を持っていただきたい。

 

 さてベトナムである。

 

 三重苦は日本語の自然な発音の仕方を三つにわたって崩している。それも不断にである。

 

 休止する(切る)は文節を発音の単位としないこと、

 尻上がりは特定の文字(ほとんどは助詞)を低い発音で開始しだんだん高く発音すること。  

  日本語の通常会話では聞かれない。

 伸ばすはしり上がりの当然の帰結で、1音1拍の原則(等拍)を崩している。

 

  ビジュアルに表現すると [□wa⤴]、[□wo⤴]のようになる(□は1瞬の「間」)。

 

(2)教科書の実態

 ➀発音についての記述~正しい発音を誘導しているか

  

  主要な二つの教科書で発音に関連していると思われるのは次の通りである。

 ⅰ.「日本語の発音」

 まず、目次の前の基本事項のⅠが「日本語の発音」で、次に7項がある。

 1.かなと

 2~5.長音、撥音、促音、拗音

 6.アクセント

 7.イントネーション

 

 2~7は一つ一つの「文字」の発音で、文節を最小単位とする「日本語の発音」は意識されていない。

 

 長音は少し接点がありそうに見える。しかし、「おばさん」と「おばあさん」の違いは[a]が1音、[aa]が2音で母音が続く単語もあるという説明で、[a]を[a-]、[a⤴]、[□a⤴]と発音することとは無関係である。

 

 アクセントとイントネーションは音の強弱、高低を問題にするが、「1音1拍」の枠内で、文節の中で休止したり、特定音を長くすることは指示していないし抑止もしていない。

 

1の「かなと拍」は非常に重要なことを言おうとしている。2ページにわたる、濁音・半濁音・拗音のひらがなとカタカナは全部1拍ですよ、と言っている。

 つまりローマ字で表記すれば含まれる母音は一つで、全部1拍であることを示している。

  

  ところがこれは『ひと押し』足りない。「かなと拍」の2ページが、この『拍』一文字によって「読み方」とともに発音の「長さ」を指示していることを理解する外国人は余程日本語に造詣が深い人である。

 

 日本人でもこのことに注目するのは、「1音(一拍)の助詞を[□wa⤴]、[□wo⤴]と2音以上に読んではならない」と言って、矯正のためにこの表を参照して「拍」に力を借りる教師ぐらいであろう。

 

 簡潔にして明確な説明がないと、『拍』の一文字に能動的役割を持たせることは無理ではなかろうかか。

 

ⅱ.分かち書き~功罪

 分かち書きは文字が1種類の場合に、語や文章の区切りを識別するためのものである。英語はアルファベットだけなので「単語」ごとに分かち書きしている。日本語は漢字かな交じりで、かなにカタカナもあり、句読点があれば十分で、分かち書きは必要ない言葉である。

 

 しかし、小学校低学年では特に初めて日本語を勉強するときはひらがな中心なので、読み易さと文構造や修飾関係(修飾節の明示)、節の切れ目などを表すために「文節」で分かち書きをし、句読点を使う。

 

 すでに文節ごとに話す習慣がついているので単語を単位とする分かち書きはむしろ煩わしいであろう。

 

  ここで分かち書きを取り上げているのは、これが外国人の日本語の正しい発音に寄与しているかの観点からどうか、である。

 

 日本語教師も一般の方も、「外国人も初心者は1年生と同じだから読み易くていいのではないか」と考えるのではないだろうか。

 

 外国人用日本語教科書は最初から漢字かな交じり文であるから分かち書きの意味合いは本来薄い。ルビ(フリガナ)だけ読むから意味があることになるだけである。

 

 投稿者は最近の観察の結果から、「分かち書き」が不自然な発音を後押ししているのではないかという疑念を抱いている。文節の最後が一字分空いているから、最後の発音で埋めたくなるという視覚的効果(影響)である。通常の日本語も読ませてはどうか。(本稿末尾に)

 

(3)教科書へのお願い

これまでの検討の到達点は、次の通りである。

・不自然な発音は矯正は困難で、予防が大事である

・予防は、正しい日本語の発音を指導することである

・その役割を担うのは教科書(の記述)である

 そして、教科書の実態から、結論として改訂等の機会をとらえて次の諸点について改善していただければ幸いである。  

 ①「文節」についての記述

 Ⅰ.日本語の発音の8として。文が初めて出てくる直前

 ②「拍」の説明

 Ⅰ.日本語の発音の1.カナと拍に注記

 ③各章「練習C」の表記

 「分かち書き」を崩さない(助詞を共用しない)

 ④「分かち書き」から通常表記へ

  例えば分かち書きは10課まで

                                (第40回 終わり)