母が亡くなってから、4ヵ月が経とうとしている。
でも、今だに涙が出ないのは
入院中、コロナの影響であまり母と面会ができなかった事もあるが、
レビー小体型認知症の病気を患ってから
見えないものが見えて、他人から解ってもらえず
苦しんでいた事から、やっと解放されたね。
という想いがあるからだ。
母が亡くなるまで、私達家族は、様々な想いの中、
元の母に戻って欲しいという気持ちで、
無知だった認知症の事を知り
試行錯誤しながら乗り越えてきた。
大好きだった母に
我慢の限界を超えた時、傷つけてしまう言葉を、母に言ってしまった事を
とても後悔している。
レビー小体型認知症という病名を知ったのは、7年程前で、それまでは認知症というとアルツハイマー型しか知らなかった。
責任感が強く、清潔好きで、気が利いて、家族想いの母に変化が現れたのは
今から9年前頃の母が76歳の時だった。
その頃は、孫が来るのが一番の楽しみと言っていたので、孫の顔を見せてあげる為と、父母の健康状態を確認する為に、
車で片道20分の実家に、月に2〜3回遊びに行っていた。
ある日、いつものように実家に行くと
NHKのラジオ体操を日課にしていて体操をしていた母が、
『体操をさぼると、見てるからね』
と言う。
見てる?![]()
聞き違いかと思っていたが、また別の日にもラジオ体操をする時に
『体操してるお姉さんが、見てるから真面目にやるんだ』
と真顔で言う母に、これは母の身体の中で何かが起こっているという事を確信した。
ここから、私達家族の長い試練が始まる事になる。
