永遠とわけのわからないDAW(Studio One)と格闘しながらいよいよ退院の日を迎えました。

退院の日、一目散に島村楽器に行き事前に入院中調べていた歌ってみたセットをすべて買いました。

ええ、その場ですべてです。

マイク、インターフェース、ポップガード、マイクスタンド、リフレクションフィルター等々かなりの額いったと思います。

勢いと深夜テンションのツイートほど怖いものはないですよね。

 

すべて購入し、担いでバスにのり家まで帰りました。

帰るや否や誕生日のプレゼントがごとくびりびりに開封し、いったん家の中ですべてセットしました。

まあセットし終わったし一回とるか、って気持ちになったので先にダウンロードしておいた曲DECO*27さんのヴァンパイアを歌うことに決めました。

今思えばこれが歌い手活動すべての始まりだった気がします。

録音時間に4時間かかることに衝撃を受けたし、マイクのゲインの意味がここで分かったし、何よりも自分の声を初めてここで聴いたと思います。

 

自分ってこんな声してるんだ、いいのかどうかもよくわかんないや。

 

一曲撮り終わり(ハモリは撮ってない、ハモリって勝手に作られるものじゃないの?ってレベルでした)入院中事前に調べておいたMix師さんなるものに曲を投げることにしました。

 

まあMixしたらそこそこの歌になるんでしょ、楽しみだわぁ

 

って楽観的に考えていました。

帰ってくる歌は絶望そのものだと知らずに。

 

次回は帰ってきた音源とこの時からお世話になってるMix師さんについて

ボランティアって言ったらどんな事思い浮かべるか。

炊き出し、ごみ拾い、被災地支援等が上がってくると思うし、良い行いっていう印象が必ずついて回ると思います。

 

果たしてそうなのか?

 

僕はこれまでの人生で3年ほどボランティアに関わってきて自分なりの結論を出しました。

 

ボランティアは本質の解決にはならないし、良い行いではない

 

これだけ聞くとすごいひねくれた奴だし、こんなこといきなり言い出すやつとお友達になれる気はしないけど

本気で取り組んだからこそ見えた景色があって、そのことを書き留めていこうかなと思います。

歌い手活動を始めようと思ったのは病院のベットの上でした。

 

コロナに罹患し死ぬんか僕?って思いながら病院に運ばれてから2日後。

死ぬ前にやっておきたいことなかったかなーと考えてたら、歌い手大手の島爺さんの歌が動画サイトから流れてきました。

 

これや

 

って直感で感じました。

別に歌とか音楽とか習ってなかったしカラオケも90点いくかどうかみたいな微妙な音感の僕が

島爺さんの歌に心動かされました。

 

そこからは早かった。

すぐにサイトで歌ってみたのあれこれを検索し、無料のDAWをかろうじて病院に持ってきた会社用PCにダウンロードしまくって

自分にあうDAWはどれかっていうところから始めました。

いろんな曲のInstをダウンロードしまくって退院したら全部歌ってやるって気持ちで入院生活過ごしていましたね。

 

これが歌い手を志したきっかけ、特に目標もゴールも設定しておらず、死ぬ前にやっておきたいことの一環として歌い手になりました。

 

次回は退院後の歌い手活動について