単身引っ越しも大方終わり、
断捨離したので台北の部屋も新竹の部屋もスッキリ✨
『ミニマリスト』っぽくなって我ながら大満足だ。
サッパリ✨
3年以上使用着用していない物は思い切って処分!
しかしこの尺八だけは、
祖父の形見なので
これからもこの先も連れていくつもりだ。
中国深圳、台湾にも連れてきた祖父の形見
当時はまだまだ死にそうになかった祖父から
「これはドリアンに、、、
今のうちに形見を渡しておく」
と…
祖父は尺八、詩吟の先生をしており
私は幼い頃から毎日祖父の尺八を聴いて育った。
無口で頑固、酒も煙草もせず真面目で几帳面な人だった。
(私とは大違いだw)
趣味は尺八、詩吟、園芸、桜苗木の植林
最後までパンツは履かず褌(ふんどし)
家の中では和服
ちょっとお茶目で
優しくて私は祖父のことが大好きだった。
私が小6くらいの頃に
経緯はもう忘れたが
祖父の尺八教室に私も参加するようになった。
尺八教室は平日夜間、
当時私は剣道の猛稽古後だったので、
疲れた身での尺八の稽古は酸欠気味で
眠気に襲われ(笑)正直苦痛だった。
中一になった頃に、
学校のボランティア活動で老人ホームを訪問することになり、
日本剣道形の演舞と尺八演奏を頼まれ、
尺八のほうは全力で断ったのだが、
学校の担任とホーム側が折れてくれず、
私は嫌々ながら『黒田節』を演奏することに・・・
思春期に入り、
尺八を習っていることに対し
男子から冷やかされたことがあり、
私は尺八から離れたかったのだと思う。
尺八教室以外で演奏するなど絶対に嫌だったのだ。
私は苛立ちとヤル気まるでナシの中、
黒田節の演奏を始めた。
すると、
車いすのお爺様方が手拍子しながら
大声で大合唱・・・
涙されながら唄うのだ。
職員の方々も目頭を押さえていた。
私はこの日を堺に胸のモヤモヤが消え、
思春期のくだらない未熟な考えも捨てることが出来た。
帰宅後、
祖父に老人ホーム訪問で尺八演奏した件を報告すると、
「なに???老人ホーム??
ろくに練習もせんで演奏したとね??💦」
祖父は愕然としていた。
「なんで引き受けた時に言わんかったとか?!(怒)」
私は笑顔で
「大丈夫やったよ、間違えんでちゃんと出来たからw」
「皆、喜んじょったよw 大丈夫じゃがw」(したり顔)
祖父は無言だった(爆)
あぁ
祖父の尺八が聴きたいな・・・



















