ジャンル分けしてなんて頼んでない
決まってタイトルは最後につける。
そう纏まってないからだ。
久々に記してみようと思う。
これからの自分にワクワクを感じるから記そうと思う。
こんなにも身近に好きな音楽が溢れることを想像していなかったころ。
自分から近寄っていって吸収する力が強かった。
今やリアルタイムで流れてくる動画に身を寄せて疑似体験ができる。
そんな頃に自分が吸収したモノがナニモノだったのか。見てきた事の1つを認識しつつある。
クラフトビールではジャンルに分けて何者かを可視化しシェアを広げる取り組みがされている。
とても良い事だがジャンルという影響力の強いワードにマスクされ本来の大事な事を忘れがちではないのか。と思う事がある。
本来作り手は、その作り手の人間性、経験から生まれたビールを生業としている事が多くジャンルありきで醸造しているわけではない事が多い。
大事なのは食した時に人に何を与えるか。
そう美味しい、好きだ。といった人生に彩りを与えることではないのか。それをクリアできればジャンルというのは後から付いてくるものだ。
簡易に流れてくる動画などを多くの人が見ることで、良しとするスタイルが固定化される。ジャンルに囲われた認識は本来の意味を受信するアンテナを鈍らせてるのでは。
フラットな認識の中、素晴らしいパリのミュージシャンの中に飛び込んだ。
無理をした演奏がない。自分から溢れる音楽。それは日本では出逢えなかったその人の人間性、経験を味わうことだった。
そんな感覚で音楽、ビールに向き合っている。
まだまだ認識すらできていない感覚は多いが1つだけ今日記す。
足元の鉢に目をやり大きく成長したなと思ってふと顔を上げると、よく伸びた木々が自分をおおっていた。
ちゃんちゃん。