「今を大切に」
こんにちはナオンスです。恥ずかしい話なのですが、私は子どもをどうしても言うことを聞かせたくなる、自分が言ったように行動してほしいと思うときがあります。大分そう思うことは減りましたが、疲れが溜まっていたり、急いでいたりすると「私の言うことを聞け!」という思考が出てきます。「わからない…」子どもの「わからない」の一言に怒りの火が着いた時があります。子どもが歯の矯正している病院で「なんで、自分のことなのにわかんないの!」って地団駄を踏みたいくらいの怒りが湧き出てきました。中学生だからできるだろう。病気の時のように具合が悪くて書けないわけでもないし、自分でマウスピースも管理しているのだから問診票も書けるだろうと思っていたのです。私:「ん?なんで書いてないの?」子:「なんて書いていいのかわからない」私:「自分でマウスピースの管理しているのだから今の状況わかるんじゃないの?お母さんはマウスピースつけてないよ」子:「わからない…」私:「は?なんで?」子:「わかんないの!!!」私:「わからないあなたが悪いのに、正当化するんじゃないよ!!」子どもを涙目にさせるやりとりを公共の場でしました…。結論からいうとしっかり子どもも思い出し、自分の痛みの感覚を私に伝え問診票の質問にすべて答え、診察も無事に終わりました。なんで、こんなに「わからない」に反応したのだろうか。時間のロスが気になったというのが一つ目。いつも混んでいる病院なので待ち時間が極力減らしたいという焦りが出てきたのだと思います。二つ目は「わからない」と発言を私自身が極力しないようにしているから。小さいころ、私はおとなしい子でした。話すアクションを起こさなければ、誰も構ってくれません。大人にそうされる事が嫌で、弟ばかり話しかけられている光景をいまだに思い出します。そこで、自分が変わらないと!と思い、自分で話す努力を始めて、現在に至ります。「わからない」なんて言っていたら、損するぞ!会話できる人間のほうが人から可愛がられるんだぞ!だから、子どもには私と同じような悲しい思いをして欲しくない、そんな不安な気持ちから出てきた怒りや自分が言っていることが正しいから行動に移して欲しいという欲求から生まれた怒りなのだと思います。「失くしたものを取り戻そうとしてさらに人は失う」最近、教えてもらった言葉なのですがまさにこの状況だと思うのです。「今ここ」を見ていない状態、過去の自分を思い出し、自分の子どもと重ねてみて心配する。今後この子は意見を伝える事が出来ず人間関係がうまくいかなくなるのではないだろうか、という未来への心配。私は過去の後悔と未来への心配で子どもに怒りをぶつけていたのです。「わからない」ということもあるけれど、意見を言わないというわけではない。そして、腹が立つこともたくさんあるけれど、いいところもたくさんあります。ですが、欠点ばかり見ていると今持っている子どもの良いところさえも見えなくなってしまうのです。守ってあげたいと言えば、聞こえがいいですが、自分の心配な気持ちを振りかざして、コントロールしようとしていていました。心配や不安は人を暴走させます。暴走しそうになった時に「今ここ」を思い出す。だって今の私も大丈夫だし、子どもも大丈夫。「今を大切に」自分に言い聞かせています。