本日もご訪問ありがとうございますm(_ _)m
なかなか進みが悪く少しずつしか発信できずに来てしまいましたが、とにかく早く発信したい状況なので、まず 『 発信しきる 』 ことを優先して発信していきたと思います。
そもそも未完成で発信していますので、文章も整っていなかったり、まだまだ編集が必要だったり、追記・補足が必要だったり と、読みづらい部分が多くなってしまっていますが、こうして発信していく為に色々と綴っていく中からも、どんどん新しいものも生まれてきています。
私の能力でそうしたものも処理しながら完成した形で発信していくのには、相当な時間がかかってしまうと思っていますので、今あるものをどんどん発信し、後から生まれて来るものは、一旦最後まで綴る事も優先し、途中 或いは 最後まで発信し終わってから追記する方向で進めていきたいと思います。
ですので、この先さらに読みづらくなってしまったりする部分も増えてしまうかもしれませんが、私たち全員にとってとても重要なメッセージになっています。
皆さんに 「 読んでいただいたうえで自分自身で色々と考えて感じていただく 」 事に意味があり、その必要があることです。
毎回ハッシュタグに 「 重要 」 「 拡散希望 」 をつけています。
私はこうしたメッセージを綴る事にとても時間を使ってきました。
ここ3カ月半においては他に仕事をせずに優先して
紙とパソコンに向き合っています。
『 決して中途半端な気持ちなどでは綴ってもいませんし発信もしていません。 』
ですから、必ず皆さんに 最後まで 読んでいただく事を重ねてお願いいたしますm(_ _)m
文字数の都合がありますので分割になりますが、読む順番通りに発信していきます。
古い記事から読んでいただくようになりますので、念のため章のタイトル番号を確認しながら順番に読み進めていってくださいm(_ _)m
では、『 = ( イコール ) 』 続きです。
【 21、出来る人、出来ない人 】
大切な部分が十分に与えられない為に良くない事象として現れてしまう場合があるという話をしました。
そして、内面や能力などにおいても、大切なもの、必要なものを 「 十分に持ち合わせている人 」 と 「 持ち合わせていない人 」 がいるという話もしましたが、ここでも同じように 「 良くない事象として現れてしまう 」 場合があると思っています。
そうした内面や能力などにおける 大切なもの 必要なもの などを十分に与えられず持ち合わせないまま 「 出来ない人 」 「 弱い人 」 になってしまえば、多くにおいて 思うように出来なかったり 常に誰かの助けが必要であったり 不満やストレスや良くない思考や感情が生まれてしまったり という事に繋がり、そうした積み重ねが 良くない事象 にまで発展してしまう可能性 というのは、その置かれる環境によっては、決してないとは言えないと思っています。
今の社会においては、そうした 大切なもの 必要なもの を十分に ( 受け取れるように ) 与えてもらう事が出来ずに育ってしまう人がとても多くなってしまっているように感じています。
つまり今の社会というのは、それだけ そうした原因からも 良くない事象を生んでしまう可能性 が高くなっているという事だと思っています。
つまり、 「 出来ない 」 「 弱い 」 まま成長してしまう という事は、本人にとっても、皆にとっても、決して 「 良いことではない 」 ということです。
逆に、大切なもの 必要なもの を十分に与えられ持ち合わせている 「 出来る人 」 「 強い人 」 もいますが、既に綴ったように、それはたまたま 「 与えてもらえたから 」 なだけであって、決してその 「 出来る 」 「 強い 」 事が 「 偉い 」 わけではない と私は思っています。
大切なのは、その与えてもらったものを 「 何のために使うか? 」 という事 だという話もしました。
「 大切なものを守る為・助ける為・幸せにする為 」 など、そうやって使う事なく、ただ自分の為だけに使い 「 出来る 強い 」 ことを何か 「 偉い 」 かのように勘違いをしてしまうような事は、ただの 「 傲り 」 でしかなく、そうした 「 傲り 」 というものも、本人にとっても周囲にとっても良い影響はなく、良くない事象を生む原因の一つになる可能性も十分に考えられる と思っています。
つまり
・ 「 出来ない 弱い 」 まま成長してしまう事は本人にとっても皆にとっても良いことではない
・ 「 出来る・強い 」 としても、その 「 与えられたもの 」 を自分だけで使っているような 「 傲り 」 も 本人にとっても皆にとっても良いことではない
ではどうしたらいいでしょうか?
・ 「 出来ない 弱い 」 なら 「 出来る 強くなる 」 よう頑張る 「 自分の為にも皆の為にも 」
・ 「 出来る 強い 」 なら、その 「 与えられたもの 」 を 「 まだ持ち合わせていない 」 「 必要な人 」 に自分も 「 与えてあげる 」 ことで 「 出来る 強くなれる 」 ように力を貸せばよいのではないでしょうか? 「 自分の為、皆の為に 」
そうした意味からも、 「 生み出し共有する 」 「 分け合う生き方 」 というものについては、 「 何でも 」 分け合い共有してしまったのでは、ただ 「 甘やかして 」 「 出来ない人を出来ないまま 」 「 弱い人を弱いまま 」 成長させてしまう事に繋がり、決して本人の為にも皆のためにもならない と考えています。
皆が安心して生きていく為の条件として、 「 安全、食料・水、住居、教育、医療、福祉、エネルギー 」 などの確保・保障が挙げられると思います。
そうした観点から、 「 安全の確保 」 という点において、まず各国の 『 武力 』 などというものは決して 『 あってはならないもの 』 で、それがある事でまた多くの 「 威圧や緊張や衝突や争い 」 を生み、多くの 「 莫大なロス 」 も生み、 「 本来持ち合わせている 」 『 幸せに生きられる能力 』 を 「 大幅に削ぎ落し 」 さらに 多くの 「 不安や悲しみ 」 を生み出しています。
『 武力 』 などというものは、この世の中にあっても、『 決して、何一つ良いことなどありはしません 』
『 抑止力 』 だとよく言いますが、今の 「 各国の武力への注力の結果 」 というものを見た時、それは 『 本当に 「 抑止力 」 としての役割を果たしていたと言えるのでしょうか? 』
私たち人類は長い歴史の中でたくさんの失敗や過ちを経験しながらも、何度も何度も何度も何度も 「 同じような失敗や過ち 」 を繰り返し今も 『 その中 』 にいます。
何故でしょうか?
『 解決方法が間違っているから 』 なのではないでしょうか?
『 根本的な原因 』 を直さずに 『 見当違いな方法 で解決しようとしている 』 からなのではないでしょうか?
『 根本的な原因 』 とは一体何でしょうか?
『 抑止 』 しなければならないような事象を生み出してしまう 『 私たちの生き方やあり方 』 なのではないでしょうか?
『 良くない事象を生み出さない世界 』 を創りたいなら、そうやって本当に 『 抑止 』 したいなら、 『 私たちの生き方・あり方 』 を見直さなければ、 『 抑止 』 出来る時など決してやって来たりはしないのではないでしょうか?
私はそう思っています。
そうした観点から、 『 エネルギー 』 についても 『 核エネルギー 』 というものについては、すぐにでも別の物に転換していくべきだと考えています。
世界ではどんどん自然エネルギー技術が発展し、優れた素晴らしいものがたくさん生まれ転換されていっているそうです。
そうした 「 クリーンで安全な技術 」
いわば 「 クリーンで安全であるために開発されたような技術 」 も
「 今の私たちの生き方・あり方 」 のままでは今までと同じで、決して有効に使われることはないのではないでしょうか?
他にクリーンで安全なものがある時代にいるにもかかわらず、大きな危険の可能性のあるようなものなどある必要もないし、ある事によって必ず不安や不満や問題や争いが生まれる。
『 もう あってはいけないもの 』 だと私は思っています。
次に 『 教育 』 に関して、今の日本の教育のあり方というのは、本人の為にも皆のためにも良くないと思っています。
まず大切なのは
『 大切なもの 必要なもの 』 を 『 しっかりと受け取れるように 』 十分に与えること
だと考えています。
内面的な事で言えば、 『 十分で適切な愛情 』 であったり、 『 相手の事を自分の事のように感じ取ることが出来る能力 』 であったり。
能力的なことで言えば、様々なものを身につけていくにあたって、その為に与えられるものをしっかりと 『 受け取る事が出来る為の能力 』 というものが まず初めに考えられるべきだと思っています。
でなければ、いくら与えても受け取る事が出来ず 「 イライラ、モヤモヤするばかり 」 「 出来ない 上達できない 」 「 楽しくない 」 など 『 頑張る という事を身につける 』 事にまでも良くない影響を与えてしまうと考えています。
そしてそれが あるとない とでは、教える側にとっても、その先の教育というものも大きく違ってくるのではないかとも思っています。
そして、学んでも社会に出てから全くと言っていいほど使わないようなものも、現在の教育の中には含まれているような気がしていますが
大切なのは 『 学ぶために必要な能力 』 であって、それさえしっかり身につけておけば、本人が 「 学びたい 」 と思った時にいつでも身につける事が出来ると思っています。
ですから、 『 与えるべき教育 』 という事についても多くを見直し
『 私たち人間が優先して学んでおくべき事は何か? 』 という事をまず考え、その為に時間を有効に使い、今まで無駄に多く費やしてしまっていた大切な 時間 を、家族や友人との大切なものに使えるようなあり方に変えていくべきではないか と考えています。
そうやって多くの事を見直し、皆が
『 誰かを悲しませない為 』 『 皆が幸せである為 』
に、 『 皆のために皆で頑張る 』 社会にしていかなければいけないと私は思っています。
そうやって 『 大きな見直し 』 『 大きな転換 』 を考えなければ、いつまで経っても今までの繰り返しで、決して明るい未来は見えず、自分たちの危険をどんどん高めていってしまうだけだと思っています。
最後に、今は私たちの多くが 『 お金 』 という 『 道具 』 を 『 稼ぐ 』 という概念で働いているような社会ですが
これからは 『 皆のために皆で頑張る 』 中で、その 『 頑張る 思い 』 というものを感じ取り、その思いに対する 『 感謝 』 というものが様々な形に変わり、送り合い、受け取り合っていく事で成り立っていくような社会になれば と願っています。
本日もご覧いただきありがとうございましたm(_ _)m