倫理の授業で
死んだら
イスラム教の人はこういう所に行って
仏教の人はこういう所に行って
キリスト教の人はこういう所に行く
みたいな
授業をやっていて
授業が終わった後
無宗教のぼくは
死んだらどんなところに行くのか
聞いてみたくなって
職員室に行って
それを聞いたら
「屁理屈言ってないで黙って勉強しなさい!!」と怒鳴られたことがある
小学校の時の野球、中学の時のラグビー、高校の時のアメリカンフットボールで
練習をしている時に
今やっている練習は試合のときのどういう場面で効果があるのか分からないとき
それを聞くと
「黙ってやれ!!」と殴られたりしたことがたくさんある
物心がついた時からの経験で
「自分が疑問に思ったことを聞くと怒られる」
という感覚が僕の中には根強く残っている
というか今も現在進行形でそれは続いている
こないだブログのメールに
「若林さんのブログを初めて読んだんですけど、若林さんは天邪鬼ですか??」という質問が来ていて笑った
自分では
素直な感想を書いたり
素直な気持ちを言ったり
素直な質問をしたり
すればするほど「天邪鬼」だと言われたり「斜に構えてる」と言われたりする
小学校の時からです
特に質問をする相手側に権威がある場合
疑問を持った瞬間
いや、これを聞いたら怒られるぞ。
という予感が自分の中に強く走る。
だから
聞こうとする前に(特に聞く相手に権威がある時)
第三者に「こういう聞き方で良いですかね?」と
確認を取ってから聞くことがある
確認を取る相手には
このクソめんどくさい(客観的に見て。主観では無い。)ぼくのことをとても理解して貰っている
本人にも感謝があるし
出会えた縁にも感謝がある
ズレ
こっちの常識と
相手の常識のズレ
どのようにも埋まらない
埋めようとすればするほど
泥沼化していく
そんな状態の表現や描写が
ぼくはかなり好きだ
楽しい
ぼくは子供の頃から「テレビタックル」が大好きだ
よくその人の常識とその人の常識
その人の正義とその人の正義が激しくぶつかり合っている(笑)
良い大人なのに(笑)
両者ともに良い方向に進もうとしているのにだ!!
悲劇だ!
いや喜劇か!?
話は戻りますが
ぼくも30歳を目前に
疑問を持った時の質問の仕方がちょっとだけ上手くなってきた
頭に
「ちょっとぼくの理解力不足で・・・」
などと前置きをしてから質問する
腹を見せてから質問しないと
批判していると思われてしまうからね
まあ
それはいいや
(続きはまた今度、ギャオで罰ゲームで使えるぐらいのクオリティを目指します。今このブログはジョーの家のパソコンで書いてますが、これを読んだジョーが「全っ然意味わかんねー」と気持ち悪がってます(笑)。ほら、正確に伝えようとすればするほど距離が開いていく。を楽しもう!)
2008年07月15日
