自分の日記として書いていこうと思う。

元々小さい頃から人見知りがあり、初めての人には警戒の強い息子だった。
環境の変化に弱く、スイミングなどの習い事をさせたかったけど知らないお友達ばかりの中は嫌だといい、保育園の頃は保育園以外の習い事(保育園の中での課外教室には積極的に参加)は拒否をしめしていた。
そんな息子も卒園を迎える頃には、女のコ大好きのおちゃらけた男の子になっていた。

小学校への入学を不安がる私がいる一方で、「楽しみだね!何人お友達出来るかな?」と楽しみをふくらませる息子に安心というより、嬉しさを感じていた。
保育園から自宅は近いが、たまたま息子の学年の時だけ同じ小学校の子が一人もいなかった。
上の学年にはいるのだが、息子の学年だけいなかった。


4月1日から留守家庭への登会。
初日から号泣。
私としては、あーやっぱりという感想。

そこから入学式の前々日まで、朝は泣き続け、泣いてる中留守家庭の先生に無理矢理引き渡し夕方には笑顔の日が続く。
帰宅後は疲れがあるようで、元々早寝の息子だったけど、更に早寝で19時半には寝るようになった。
朝は6時頃起床。

そんなこんなで入学式前日。
ついに泣かずに登会できた。
嬉しくて仕事中もニヤけてしまうくらい嬉しかった。

入学式。張り切って登校。
留守家庭で仲良くなった子と同じクラスで席が近かったのもあり、ハイテンションの息子。
もう慣れてくれたのかなと安心した入学式。

次の日からは一人で登校する!と元気に家を出た。
学校まで200 メートルくらいなので、登校班などもなく正門ギリギリが見えないくらいでベランダから登校姿が見える距離。

すごい!一人でいけてる!
あー、なんて楽なんだ!送りがないという素晴らしさ!と小学校に上がった喜びを噛みしめる日々。

だけど、突然だった。
入学式から一週間たったある日。
いつものように「行ってきます!」と笑顔で出ていき、ベランダから見えなくなるまで見送り部屋に戻り自分の準備をしていたときだった。
ガチャという音とともに、泣きじゃくり過呼吸になるんじゃないか!くらいの呼吸状態の息子が立っていた。

どうしたと!? 
と、慌てて駆け寄る私に「ママがいい」しか言わない息子。

パニックになる私。

ひとまず仕事まで少し時間あったので泣くのが落ち着くまでひたすら抱きしめた。

泣き止んだときに、どうしたのか聞いてみた。
分からない。ママがいい。
それだけしか言わない息子。
仕事の時間も迫る中、宥める事しか出来ず。
「ママと一緒に行こうか!」と提案し、正門まで一緒にいった。

正門まで近づくと泣きじゃくる息子。
正門で優しく迎え入れてくれた校長に、泣きじゃくる息子を引き渡し仕事にいった。

この日から6月30日まで、不登校という決断をするまで、毎日一緒に行くという日は続いた。


書いていてツラくなる。
どこかで対応を変えていたら今は違ったのかもしれない。
突然帰ってきた日。
今、思うとそこが限界だったんだと思う。
助けて!と初めて意思表示してくれた日だったと思う。


また今度母子登校になってからは書こうと思う。
そこが一番キツかった。
行かなくていいよ。と受け入れるまで、シングルマザーである私が仕事を辞めるという決断が大変であり先が見えなくなることであり、危険であり、それでも息子と寄り添うことが、息子に休息を与える事が必要だと思ったまでを書こうと思う。


自分の決断が正しかったかなんて分からない。
後悔するのかもしれない。
でも、息子が「ずっとキツかった。ママ、ありがとう。」と言ってくれた事が今の息子の気持ちだからそれでいい。