以前、ある講座が気になりHPを見ていたら、そこの講師が受講生の声を掲載していた。
そこにこのように書かれていた。(個人や団体が特定されないように表現を変えています。特定の個人や団体を非難、批判、攻撃したい意図はありません。)
●受講生(講座を受講した後の感想)
「(これまで、過去に受けてきた)他の◯◯◯とはまるで違いました。」
「◯◯◯(他社、別の団体)は◯◯◯だったけど(否定的な表現)、◯◯◯は本当にすごい。素晴らしい。」
云々。
以上。
ここまでで、私が気づいたこと、感じたこと、
それは、
●【何故?どうして?わざわざ、その場で無関係の同業他社を引き合いにして、同業他社を下げて、そのうえで自分が良いと感じたそれを持ち上げるの??】
そして、
●【比較してどちらかを落とす、下げる、もう一方を上げる、褒め称える、その構図をあえて創り出す、その意図と目的は何???】
ということ。
この受講生の方は、おそらく潜在的に、
◯比較競争意識が高く、
◯上下、優劣、損得、勝ち負けを判断する思考癖があり、
◯常に何かと闘っていて、
◯負けたくない、勝ちたい、という気持ちが強く、
◯自分(または自分の選んだもの)は正しい、正解、そうじゃないものは不正解という世界線に立ち、
◯そして自分が正解ということをアピールしないと気が済まない
のだと思います。
意識的か無意識的かはわかりませんが。
素直に、
シンプルに、
●『◯◯◯なところが良かった。(素敵だと思った。素晴らしいと感じた。感動した。etc...』
という感想で良くありませんか???
と思う。
みんな誰しも、
他人や何かと勝手に比較されて、
勝手に評価下げられて、
勝手に貶めらて、
誰だってそんなことは望まないと思う。
そんな人だらけの世界の住人にはなりたくないはず。
我が子や大切な人なら尚更そんな世界に送り出したくもないはず。
だったら、まず自分からやめましょうよ。
何かにつけて、比較競争して、勝ち負けを、優劣序列を作ることを。
ちなみに冒頭の講座は、コーチング、カウンセリング、心理学の類の講座でした。
もしこの受講生が講師になったなら、この人からは受けたくないし、この受講生の声をドヤって(るかはわからないけど笑)掲載する講師も嫌だと正直思いました。笑
実績には価値がある。
数字も大切。
それらは判断材料として使えるし、選択基準としては適切だとは思う。
けれど、それらと人としての価値はイコールではないと思う。
それに、
この受講生でいうなら、
私が勝ちで正解で優れている(と思いたいし他者にそれを認めさせたい、その根底にある)
●本当に伝えたい届けたい本音は、
●『私の価値を認めてほしい』
ではないのかな?
まず自分が自分を認めてあげましょうよ。
そうしたら他者のことも素直に認められますから。
●本当はみんな誰しもががすごいんです。
ということは、すごい人しかいないのだから、言い換えれば、誰もすごくはないということ。
●みんな違ってみんな良い。
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