録画していた[1]『ハーバード白熱教師』(の再放送)や最近読んだ[3]『人生をやり直すための哲学』という本に[4]『功利主義』(Utilitarianism)という考え方が出てくる。
ざっくり言うと、これは「社会全体の幸福の最大化を重視する」考え方である。
この考え方をビジネスに応用すると、「会社全体の利益の最大化を重視する」という風に考えることができる。
これは経済学用語で[5]『効用最大化』と呼ばれているらしい。
つい最近まで私は『効用最大化』という用語は知らなかったのだが、仕事をする上でこの考え方を重視していたように思う。
その背景には「全体のパイを大きくすることが結果的に自分のパイを大きくすることにつながる」という考え方があったように思う。
しかし、最近この考え方が必ずしも正しくないように思い始めた。
それは上記の[1]や[3]で、「功利主義には問題点がある」という話があり、その考え方に共感したためである。
では、功利主義の短所とは何だろうか?[1]でサンデル先生は下記の2つを挙げている。([3]の本にも似たようなことが記されている。)
(1)個人の権利が尊重されないこと
(2)すべての価値を単一の基準で測ることはできないこと
これらを再びビジネスに当てはめると、(2)はビジネスでは多くの場合「お金」という単一の基準で測ることができるので該当しないように思われる。
従って、ビジネスにおいては(1)が問題になると考えられる。
まとめると、
「全社員が会社全体の利益の最大化(効用最大化)を重視して動いた結果、個人の権利を阻害する場合があるのが問題である」
と言える。
具体的には、リストラ(整理解雇)などが考えられる。
効用最大化の考え方では、
その人を雇って得られる利益 < その人に払う給料
となった場合に、その人を雇うよりも解雇した方が利益が増えるためリストラした方がよいことになる。
景気がよいときは仕事もたくさんあり、そういったことは起こりにくいだろうが、景気が悪くなると仕事も減り、人があまってくるため、こういったことが起こりやすくなると考えられる。
事業拡大のために人をたくさん採用するのも理解できるし、仕事が減ってきたときにやむを得ずリストラすることも理解できる。
しかし、「仕事があるときだけ利用して、仕事がなくなれば用済み」、すなわち、「都合のよいときだけ利用する」というのは何か間違っている気もする。
果たして、そんな状況下で人は効用最大化のために行動するのだろうか。
会社(経営陣)が「都合のよいときだけ社員を利用する」という考え方であれば、社員も「都合のよいときだけ会社を利用する」という考え方をするのが自然だろう。
そうなると、社員が「会社全体の利益の最大化」するために動くとはちょっと考えにくい。
まとめると、
「会社全体の利益の最大化を重視すると、会社にとって都合のよいときだけ社員を利用することになり、そうすると、社員も都合のよいときだけ会社を利用することになり、社員が会社全体の利益の最大化のために動くことが期待できなくなる」
と言える。
話は長くなったが、紆余曲折を経て、行き過ぎた効用最大化はよくないと考えるようになった。
「行き過ぎた効用最大化が、行き過ぎた個人主義・成果主義につながり、そのことがひずみを生み出している」と。
「全体のパイを大きくすることが結果的に自分のパイを大きくすることにつながる」という考え方は正しいと思う。
ただ、そのためには、「個々の利益を最大化することで会社全体の利益を最大化する」のではなく、「仲間と協力することで会社全体の利益を最大化することが重要である」というある意味で当たり前の結論に至った。
まだまだ勉強不足なのですが、これがサンデル先生が主張している[6]「コミュニタリアニズム」なのかなぁという気がします。
[2]『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』は買ったけど、まだちゃんと読んでいないので、まとまった時間をとって読んで考えを深めたい。
今後は、仕事に限らず、今まで以上に「仲間と協力すること」を意識しながらいろんなことに挑戦していこう。
【参考】
[1]『ハーバード白熱教師』 マイケル・サンデル
[2]『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』 マイケル・サンデル 著
[3]『人生をやり直すための哲学』 小川仁志 著
[4]『功利主義』(Wikipedia)
[5]『効用最大化』(Wikipedia)
[6]『コミュニタリアニズム(共同体主義)』(Wikipedia)
