「年末にもなると意外に人少ないっすね。」

トシは僕にそう言った。

福岡出身のこの大学生は生意気だけどまじめなヤツだ。
僕らのバーは繁華街から少し離れたところにある。
忘年会もほとんど終り、街へ溢れる年齢層がおちてきた。

「まぁね、県外からの学生が里帰りで若い者同士で飲むから結構ここは少なくなるよ。」

僕はバイトとして入って2年目の年末だった。




新緑の頃にバイトとして入ってきたトシは19歳。
僕は25歳。
普通にサラリーマンをしているのだが、週末だけ手伝っている。

バブルの頃には金回りのいい若者が連日満員だったこのバーも、今は常連と夜の店が閉まってから飲みに出る女性が主な客だった。
忘年会では少しばかり忙しくもなったが、不況のせいかそこまでの客足はなかった。

しかしながらこのトシという男、酔わせると面白い。

入った初日は緊張していたのでとりあえず常連さんに紹介してビールを飲ませた。
1本でできあがり、そのあとに入ってきたお客様(女性2名)に・・・

「俺、接客してきますよ。」

と意気込んでその女性2名の座るカウンターの前に立った。

きょとんとしている女性を前にして・・・・

「アリをつぶしてなめたらバーボンの味がしませんか?」

しらねぇよ!

僕は大爆笑。 そのマニアックな入り方は誰に学んだのやら。
素っ頓狂なキャラクターはたちまちに常連さんにも愛されるところとなった。

ある日のこと、トシを気に入っているお客様に飲まされ、10時をまわったところですでにかなり酔っているトシ。
そこへ女性3名が入ってきた。
一通り飲み物をつくり終わると、彼はバーボンのロックを片手にふらふらとその女性たちの前へ。

「しりとりをしましょう。 負けた人は飲むってことで。」

すでに目は泳いでいる。

女性の一人が言った。 「いいよ。」

「じゃあ、僕からいきますね!」

と言い放ったトシ。 何からはじめるのかと思いきや・・・・・

「『マンゴスチン!』 あ、僕の負け。」

と一気にロックをあおった。

僕と店長は「あいつ、自分が飲みたかっただけじゃないのか?」と大笑い。

しかしながら酔ってフラフラになっても必ず仕事をこなすこの男の実直さは僕らだけが知っていた。


そして、年末。

「トシ、明日から福岡帰るんだろ?」

と、僕。

「はい、8時40分の飛行機です。」

「そか、なら今日は早めに閉めれるといいな。」

僕らの店は「お客様が残っている限り」は店を閉めない。
閉店時間として掲げてはいるけれど、あってないようなものだ。

時計は23時を回った。

店内は一組。
店長はこの日は休みで、僕とトシの二人だけだった。
この分だと早めに締めることができそうだな。
ちなみにシフトとしては僕はオープンから入っているから1時までで終了。
トシは「お客がいれば」残らなくてはいけないが、それもなさそうだ。

「おつかれだったな。田舎帰ったらゆっくりしろよ。」

「ダチと会うのが楽しみです。」

うれしそうにニカッと笑った。

彼はコロナにライムを突き刺し、僕はバドで乾杯し、二人だけの忘年会。
最後の一組にチェックが入ったので計算をした。

「カランカラァン」

その客が帰ったのと同時に一組の客が入ってきた。
時間はちょうど1時。  男2女2。
間違いなく長くなるような展開だった。

「やってる?」

「どうぞ。」 トシは間髪いれずに言った。

「トシ、お前、上がれ。 明日早いんだろ?」

「いや、大丈夫っす。」

人数が多いお客様ほどだいたい長い。
2時間だとしても、そこから片づけが2時間かかる。
そう考えるとこの男が店を占めるのは5時。

「お前、寝るヒマないやんか。」

「どってことないっす。てか、今日も仕事だったんでしょ?どぞ、上がってください。」

そこは僕に気をつかうところでもないのに、みずくさいやつだ。

「いいよ、俺明日休みだし。 明日の予定なんてなんにもないんだぜ。」

「いやいや、今年最後の仕事ですから。 最後までやらしてください。」

僕はこの男が若いわりには頑固なヤツだと知ってる。

「しょうがないな。 じゃあ、上がるぜ?」

「もちろん。 おつかれっした。」

そうして僕は今年最後の仕事を終えた。



トシはひとりでそのお客様たちの飲み物を作り、その組が帰ったのは3時半のこと。

「さて、片付けるか。」

店の鍵を内側から閉め、ひとり片づけを始めた。





そして、朝。




「お、やっぱりいたな。」

僕は鍵のかかっている店内に乗り込むとトシがカウンターにうつ伏せで寝ていた。
話の中で何度も自分だけが残っていると「起きたら10時だったっす。」なんてのはよく聞いていた。
目をこすりながらむくりと身体をおこした。

「あれ?どしたんすか?」

「どしたんすか?じゃねぇよ。帰るんだろ?おこしに来てやったぞ。」

「もういいっすよ。飛行機間に合わないし。」

トシの時計は8時30分。

「こっから10分じゃ間に合わないっす。」

この男はいつも仕事場までチャリで20分かけて来ていた。

やっぱりね。

「そういうと思ったよ。 ホラ。」

僕はメットをトシへ放り投げた。

「お前の時計、先週から20分くらい早いぞ(笑)」

犯人は店長。 
先週の週末にいつもぎりぎりでしか動かないと言っていたトシの時計を20分早めていたのだった。
それにずっと気づかないこの男もこの男だが。

「俺の時計では8時10分。 SR飛ばせばギリ間に合うが、行くか?」

僕はちょっといじわるそうに言った。

「行きます!行きます!準備します!」

飛行機が飛び立つ8分前に着いた。

トシは
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
と何度も何度もアタマを下げる。

「早く行けバカ。 みんなお前待ちなんだぞ。」

田舎の両親もな。




年が明けて少ししてから僕はバーをやめた。
もともとがちょっとした「ヘルプ」だったのだが、そのわりには長くいたほうだった。


風のうわさにトシは思うところあってか大学を辞め、単身イタリアに乗り込んだ。
料理の勉強をするためだ。

そして、帰ってきて自分がシェフ兼オーナーとしてイタリアンレストランを開いたらしい。
結婚もしたと聞く。

もとから真面目なヤツだったので、きっと皆を幸せにするような料理を毎日作っていることだろう。



それからもう14年が経つ。

あの朝に彼は僕のバイクの後ろから降り、メットを脱ぐと泣いていた。

「俺、宮崎来てよかったっす。」


あのときの彼の泣きながら笑った顔は忘れない。