2010年4月号の「UTOPIA」のインタビューで僕の人生を語ったものです。
世界中のみんなが本当の自分を最高に楽しんで生きてほしい、その思いがびっしり詰まっています。
以下は、そのときのインタビュー記事です。
-アメリカで生まれて育ったということですが、暮らしはどんな感じでしたか?
アメリカは人種を超えていろんな国からいろんな人が自由に入ってきて暮らしてるので、教養や収入の高い人たちもいればただ今を生き延びるために暮らしている人たちもいて、文化も言葉も信じる宗教もさまざまな環境に身を置いていました。目にするもの、耳にするもの、肌で感じるものすべてが多様性に満ちている反面、粗く雑な質が漂っていてその多様性ゆえにいつも争いが絶えない状態でした。日本では信じられないと思いますが、学校や住んでる町では暴力や殺人なども珍しくなかったので、みんな自分の身を守ることをいつも考えながら話をしたり歩いたり行動したりして、誰が誰とどういうつながりを持っているかもわからないので友人関係も必然的に浅いものでした。
-とてもストレスの多い環境でしたね。
はい。でも、僕は両親が日本人だったし親もまだアメリカの文化に馴染んでいなかったせいもあって、ふたりを通して日本の文化やこころ、言霊に少しでも触れることができたのはありがたかったですね。もし初めから日本にいたら気づかなかったかもしれないけれど、全く違う色の世界に住んでいたので、逆に日本の文化や魂のすばらしさ、奥深さをはっきりと感じたし、強いあこがれを持っていました。
-そのことで、普段の生活で何か役に立ったことはありましたか?
暴力や争いが頻繁に起きている環境の中でも、日本の純粋な質に触れることができたおかげで、自分の心の奥深くにある幸せの質に気付き、それと同時に荒れている友だちの中にもきっと同じ幸せや喜びの質があると信じられるようになりました。自分はただシンプルにそれを表現していて、彼らはまだその表現する方法を知らないだけだと。
-その後の進路はどうされたのですか。
高校を卒業してサンディエゴ州立大学に進んで政治科学を学んだのですが、そこでもみんな自分の本当の部分が見えなくなって迷い悩んでいたり、ただお金を稼ぐとか将来の安定のために生きていて、真の喜びからは遠くかけ離れていました。先生たちもただテキストに書いてあることを教えてテストをクリアさせることに意識が向いていてとても乾いていました。一人ひとりの中にはすばらしい質があるのに、どうしても集合意識が荒れていると影響を受けてしまって、その輝きを放つことができなくなる。そんな中で、どうしたらそこにある喜びの質を一人ひとりから引き出すことができるのか、どうやったらみんながさまざまな違いを乗り越えて一つになれるのかということを真剣に考え始めましたね。
そこで、バイトで貯めたお金をすべて使って、自分の起源である日本に行くことを決心したんです。お墓参りをしてご先祖様に感謝を伝えたり、たくさんの神社にお参りしたり、親戚の人たちに会ったり、三ケ月間いたので多くの友人もできました。そんな風にして、自分の源である地で、思いに従って生きていると、「きっとある。みんなが輝ける方法が!」って内側からワクワク感がこみ上げてきたんです。そこで、「今こそ戻るべき」という内なる声が聞こえて、もう一度アメリカに戻ることにしました。
-戻ってから何か動きはありましたか。
はい、一ケ月後に。戻ってからすぐに本屋に立ち寄ったのですが、そこで「What is enlightenment? ―啓発とは?」という本を見つけて、面白そうだから読んでいたんです。その本には世界中の精神性の高い人たちの経験や言葉が掲載してあって、中でも僕は日本のお坊さんの話に惹かれて興味深く読んでいました。そしたら、信じられないことに母の紹介でそのお坊さんに会えることになったんです。
-すばらしいですね。実際に会ってどうでしたか。
嬉しくて、これまでに自分が経験したことや世界の平和を願う気持ちなどいろんな思いを伝えましたね。そしたら、とても共感してくれて「同じような思いをもって世界のために活躍している力強い人たちがいるよ」と言って、その方たち二十名との船上パーティに招待してくれたんです。国や経歴もさまざまに違うなかで、一人ひとりが自分の色や輝きを出して互いに尊重し、その違いを超えたところで世界平和に向けて一つになっている様子を見て、本当に魂が揺さぶられましたね。これこそ自分が求めていた形だと。みなさん世界に名だたる方たちばかりだったのですが、そこにいれるだけで至福がこみ上げて来て無邪気に自分の本当の願いや想いを伝えていきました。そこで、TMやマハリシ経営大学の話を聞いて知ったんです。サンディエゴ州立大学からUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の政治科学科へ編入が決まっていたのですが、自分が思い描く愛と平和に満ちた世界を実現させるためには、まずは自分自身がそれを経験しなければと思って、マハリシ経営大学に変わることを考え始めました。
-それで、最終的にマハリシ経営大学(MUM)に行かれたのですか。
はい。三日間かけてまず見学に行ってみたんです。先生方もハーバード大学から来られていて経歴も素晴らしかったんですが、それよりもそこにいるすべての人たち、先生方も生徒もみんながキラキラと心から笑って今を無邪気に楽しんでる様子を目にして、まるで夢の世界みたいだとしばらくぼうっと立ち尽くしてしまいました(笑)。
サンスクリット語やヴェーダ科学、持続可能な環境科学などを学んだのですが、そうした学科よりもそこにいる大人や若い人たちみんなが各々の違いを超えたところで、ひとつの大きな意志のもとで自分を愛し大切にし癒し、それが自然と周りに放射されて愛や喜びで満たされてる、これが現実世界にあってこんなに生き生きと生きている人たちがいるんだってことにとても驚かされましたし大きな気付きもいただきました。今までカリフォルニアにいたときの荒れた世界を知っていた分、人はここまでの領域を生きることができるんだという偉大な可能性を知ることができました。
MUMがあるフェアフィールドという瞑想者のコミュニティにいると、シディテクニックや上級テクニック、アーユルヴェーダやヴェーダの知識に当たり前の様に触れることができて、毎日毎日が楽しくて、朝学校が始まる前や授業後の休み時間、学校が終わってからも生徒が自然とあちこちから集まってきて自分の思い思いに楽器を演奏したり踊ったり歌ったり、本当にいろんな国の人たちが言葉のいらない世界を一瞬一瞬最高に楽しんでるんです。マハリシがヴェーダの話でよく音の波動やエネルギーのことを言われてましたけど、「ああこういうことなんだ」と実感しました。音のもつエネルギー、それを受けた私達からまた発せられるエネルギーや波動は無条件に人を喜びに満たすのだと。
-すばらしい経験をされましたね。
はい、本当に。大学で先生から「勉強はしたいほどしなさい。でも、わたしが本当に学んでほしいのは、サンスクリット語でもなければ本に書いてある内容でもない。わたしは、『Art of living―生きる術』を学んでほしいのです」とよく言われました。マハリシ経営大学では本当にそこの部分、生きていく上での一番核なる部分を経験できて、これは他では恐らく経験できなかったことだと思います。生き方を学ぶと一秒一秒が本当に楽しいんです。しかも日常の中で、自分がある小さな願望を抱くと、それが自然と仲間の間で共感・共鳴・同調を生んで、大きな意思となって雪だるまのように次から次に自動的に叶っていくという体験もたくさんしました。これこそが真の豊かさに満ちた世界ですよね。
-卒業後はどうされたんですか。
ラッキーだったのが、大学時代の量子物理学の成績が評価されてジョン・ヘーゲリン博士(ノーベル物理学賞を受賞)の助手として声をかけられたんです。しかもその助手をしている間に、全世界のラージャとガバナーがマハリシの家に集まる機会に自分も呼ばれて二ケ月半をそこで過ごしました。マハリシの家はまるでファンタジーの世界をそのまま現実世界に持ってきた感じで、入口にはいきなり本物と同じ大きさの象のモニュメントが青色の光をまとって登場したり辺りも本当に思い思いの色のイルミネーションで彩られていました。「とにかくハッピーなら何でもやりなさい」というマハリシの思いをあちこちに感じましたね。クッキーや果物がいつもたくさん置いてあるのですが、「食べてもいいですか」と聞く方が叱られる感じで(笑)、感じるままに行動するという意識への転換に慣れるまで時間がかかりましたね。そこでは、マハリシを中心にパンディットやマザーディヴァイン、プルシャ、世界中のラージャやガバナーたちが本当に二十四時間世界平和のために身を尽くしていて、その中で最初自分は何をしたらいいんだろうとわからなくなりました。でも、そこでもやっぱり何を信じて行動するか、その答えは自分の意識に従うということでした。他の誰が何をしていようと、自分は自分を信じてあの純粋意識に従って至福の源から行動する。それしかありませんでした。
-.純粋意識から行動する・・・簡単なようで、なかなか難しいですよね。
そうなんです。世界平和とか至福の世界を実現したいとか口では言えるんです。でも、真の意識の部分から実際にそのために身を捧げている何百人もの人たちに囲まれて本物の世界を体験すると、圧倒されてビビりましたね。なぜかというと、本当の自分に向き合わなければならないから。今まで自分が小さい頃から抱えてきたストレスや無意識の部分のストレスまですべて手放さなければならなかったし、自分の中で諦めていた部分にももう一度向き合ってそれを解放させなければならなかった。怖くて限界と感じる時もありましたね。
それでも、瞑想をして、調和的な食事をとって十分な休息をとっていると自然とバランスがとれてくるんです。不思議ですが、意識的に何をこうするとかしなくても、本当に自動的に。その時にマハリシ経営大学の先生に言われた、「大事なのはArt of living。生き方だよ」という言葉を思い出して、本当に心からありがとうございますという気持ちになりました。だから、今この広い宇宙の中で、さまざまな引力もあるなか、至福の中心を生きていけてる強い自分がいるんだなと思います。
-昨年は日本全国の学校教育者向けの教育会議でゲストスピーカーとして日本に来られましたね。
マハリシの家に呼ばれたのはジョン・ヘーゲリン博士の助手としてだったのですが、それに続けてラージャ・スタンディのアシスタントをすることになってしばらくまたマハリシの家にいました。そこで、マハリシが肉体を去られ、自分もインドに行ったりして、その中でもやっぱり自分は日本に対する強い思いがずっとあって日本に行きたいと願っていたんです。そしたら、一ケ月もしないうちにラージャ・コンハウスから直接電話があって、「ラージャ・スタンディから君のことをいろいろ聞いたよ。ぜひ一緒にこれから日本のためにがんばっていかないか」とお声をかけてくださったんです。
それで、最初のミッションが教育会議だったんです。
-今まで教育会議などは経験したことがあったのですか。
全くないです(笑)。でも、喜びがあふれてきて、日本語も上手じゃないし日本のやり方スタイルも全くわからないのに、自分がこれまでに大学やマハリシの家で体験してきた至福の世界をとにかく日本のみんなに伝えたいというワクワクがすごくこみ上げてきて、みんなまだその領域を知らないかもしれないけど、現実にあるんだということ、それを日本中のみんなに知らせたい、体験してほしいと心から思いましたね。だから、今まで教育会議とかやったことがなくても、マハリシの「至福を感じるなら、楽しんでやってみなさい」という言葉を思い出して、言語の壁や文化の壁にぶち当たってもいつも自分の内なる至福の波に乗って、とにかく楽しいから無邪気にやり通しましたね(笑)。これまで創ったことがないもの、今まで経験したことがないもの、それを形にして創り上げていくというのが自分にとっての至福だとその時感じました。
-教育会議が成功して、何か得られたものや変化はありましたか。
はい。マハリシがよくイチゴの例えをされますが、僕は大学やマハリシの家で本当に甘い至福の味を経験して、瞑想中だけじゃなくてこの現実世界ではっきりとそれを体感しました。そうすると、人間はもう一度それを味わいたいとかそれよりもっと甘いイチゴを食べたくなるんですよね。すでに究極の至福の味を体験してるのかもしれないけど、もっとより大きな至福を現実に現せるはずだって、可能性をすごく感じました。そう考えるだけでも楽しいし、楽しいからよしじゃやってみようって思う。いつもワクワクしますね。僕は人を信じてる。一人ひとりの可能性も信じてる。なぜなら、今まで心からの笑顔や喜びに満ちて毎日を最高に生きている人たちを現実にたくさん見てきているから。だから、一人ひとりみんながやれるって感じるんです。
-今後はどのような活動をされていくのですか。
今まで経験したことや思いを胸に、形にしていきたいですね。ただ「何をするとか、創っていく」というその終着点が目的になるというよりも、それに向かってやっている最中でも一瞬一瞬みんなに喜びや光を与えていきたいですね。逆に何をやっているときでも、また誰にでも可能なんですよね。僕たちはTMやシディテクニックとかまた現実の世界でもあの甘くて優しい喜びに満ちた至福の質を体験していますよね。それをただ、自分の置かれた日常の中で、挨拶をしたりとか話をしたり食事をしたりといったどんな瞬間にでもそれを現せるし、他の人たちに見せてあげられる。世界平和のためにと特別なことをしなくても、世界を変えようとか人を変えようとかしなくても、自分が自分らしく最高に楽しんで生きているその一秒一秒に人や世界が自然と変わる可能性が無限に広がっているんじゃないかと思いますね。でも、そう思えるようになったのは、つい最近結婚した妻の存在も大きいですね。
-日本人シダーの女性とご結婚されたそうですね。おめでとうございます。
ありがとうございます。教育会議で初めて彼女(洋子)を見たとき、知的で強く美しく本当に一人でも生きていける女性だという印象でした。シダーでマザーディヴァインコースも経験していたし本当にそこにいるだけでキラキラと輝いていた。でも、僕が今まで世界中を回ってきた中で、自分が女性としても惹かれマハリシの言う「Art of living」を本当に理解して生きている女性に会ったのは彼女が初めてでした。「やっと本当の相手に出会えた」という感じで、これまで自分ひとりでやっていこうと思っても100%の自分を出しきれないまま小さくがんばっていたところに、生きる目的や生き方が同じで自分の鏡になってくれる女性に出会えて、本当に生命(いのち)の幅や至福・喜びのうねりが無限に広がって、これまで経験したことがないエネルギーが湧き出てくるんです。マハリシの金言集にもあるように、夫婦の絆、パートナーシップというのはそこに無限の可能性と慈愛に満ちたパワーがあるんだと実感しています。毎秒毎秒が新鮮で進化的で、これまで見えていた世界の見え方がひっくり返るような・・・いつも新しく生まれ変わっている感じですね。たとえどんな形であってもふたりで「今」という時を無邪気に至福の源から経験していって、それを自然と周りの人たちにも感じてもらえたら、ヴェーディックシティやフェアフィールドを、どこにいても生きてそれを現実に現せる、しかも誰でもそれは可能だと僕は信じています。
