震災から10年目の3月11日。


朝6時に起きて会社に向かう支度の最中に山の中で独り暮らしのばあちゃんが倒れたと偶然泊まりに来ていた叔母から連絡が入った。


両親は急いで向かったが僕は心配しながらも普段通りに電車に乗った。半分くらいの道のりを揺られた所で

「残念だけどおばあちゃん亡くなりました。詳しい事はまた連絡します。」

と、LINE。


悲しい気持ちよりも本当か?と疑う気持ちの方が強かった。


何とも言えない気持ちのまま仕事をこなして、休みの土曜日には確認しに行きたかったけど勤めてる会社はブラック。朝1番に伝えた所で仕事を減らしてくれるわけでも手伝ってくれるわけでもなく…帰り際になって口先だけでみんなで協力してと取り繕う様な言葉を口にして、さっさと帰っていった。


途中、お昼過ぎた辺りに15日の月曜日に葬儀をすると連絡が来たので、月曜日休みを貰う話をつけ、黙々とこなしても終わらず土曜日1日サービス出勤してなんとか目処をつけ、途中に15日にて日曜日に会いに行った。


亡くなっていた。


ドライアイスで腐敗を防ぐ為にカチコチだった。

何人か来客があって両親は相手をしていた。蝋燭から線香に火を移し終えると倒れた祖母を発見した叔母が話しかけてきた。ちなみに亡くなったばあちゃんは母方の方で僕の母が三姉妹長女。発見した叔母が次女。下にもう1人。


叔母が


「ビックリしたでしょ?まさかねぇ…」


長々と話してる最中に


「この家どうなるんだろう。私は嫁いで出た身だから…お母さん亡くなったし、あなた住んだらどう?両親と暮らしてたらダメよ。親元離れないと。」


正直耳が痛い。20歳過ぎて家を出て自分の失敗で出戻り入った会社がブラック中小企業であれ、独りで暮らさなくちゃと思いながらも出たら奴隷だと思い通勤が有るから帰れるのを防衛ラインに何とかしてる。

サービス残業、サービス出勤を自分の技術の為だとか言う人間の気が知れない。生活する為に働いてるのに。


話がそれたけど、僕も高校卒業までは祖父祖母と山の中で暮らしていた。コンビニ、スーパーまで車で30分ちょっと。車がないと生活できない。

僕が学生の頃はバスが1時間に1本有ったけど今は電話で役所と提携したタクシーのみ。吉幾三でもバスは1日1度来るのに。


どんどん話がそれてる気がするけど結局の所、生活の基盤が作れるなら僕が住んで守っても良いかなって思ってる。


安定を望む両親を事あるごとく裏切ってきたけど、また今をきっかけに裏切る事になるとしても僕の代で親戚が疎遠になるのもなんか嫌だし。

婚期逃して独りで居るのも、この為なんじゃないかと逃げ道を作りながらも今はそう思うかな。


骨壷に収まったばあちゃんに線香立てて帰ってきた家で誰に話す訳でもなく明日もギリギリで片付いてない仕事を間に合わす為に仕事に行くけど、とりあえず週末からはばあちゃんの家を片付けるかな。


ばあちゃん天国行けてるといいな。


              3月15日