むかし 第一次世界大戦に敗れた ドイツ という共和国は
ナチス党のヒットラーという独裁者が政権をゲット、
「 ふぁしずむ 」 というおバカな政策に走ってしもた。
「 ふぁしずむ 」 とは独裁者の下で軍事力を高め よその国を植民地にする為に襲ってしまおうという、
とても底辺な思想である。
ドイツは先ず ポーランド という国を攻めたてる事にした。
ポーランドと仲良しこよしだった えぎりす と おフランス は それはそれは怒ったそうな。
えぎりす と おフランスの猛反撃を受けるドイツ。ここに第二次世界大戦がスタートしてしまうのだ。
この前大敗したばっかで今度は絶対に負ける訳にはいかないドイツは気合十分!
なんと、えぎりす以外のヨーロッパ全土を支配する程の快進撃をみせたのである。
その頃 資源の無い島国日本は中国と日中戦争 という戦争の真っ最中であった。
当時、満州事変という鉄道爆破からはじまる不法占領で満州を植民地にしてた日本は
矢口真理や陣内智則や沢尻エリカもビックリするほど世界から大パッシングをあびており
国際社会から完全孤立しておったそうな。
そこで日本はドイツの素晴らしい勢いに乗っかる事に決めちゃった。
ドイツと同じく 「 ふぁしずむ 」 に走ってた 伊タリア も友達になる日本。
ここに
ドイツ 伊タリア 日本 の三国同盟が結ばれるのである。
超おバカさんな日本ですねー
だって あんな遠いドイツや伊タリアと仲良しになったって
ピンチになっても全然助けになんか来てくれるハズもない。
それどころか えぎりすを敵にした日本はアメリカまで敵にしてしまう事になっちやった・・・
えぎりすとアメリカは古くからのお友達だもんねー
そしてアメリカは日本に対して制裁を開始!
まずは牽制球を投じるのである
中国と戦争中だった日本に突然、 「 あんた達にはもう石油と鉄を少ししかあげない 」 と言いはじめたんじゃそうな。
ものすごく困ってしまった日本。
そりゃそうだ。なにせ日本の石油も鉄も70パーセントを雨リカから輸入していたのだから。
石油と鉄が無ければ戦争も暮らしも成り立たない。
当時 「 石油の一滴は血の一滴 」 という流行語大賞もあったほどだ。
そこで、
日本はアメリカに交渉を開始!
「 どうか・・・石油を止めないで・・・」
( えぎりすを敵にした位でなぜアメリカがそこまで怒るのか!? ) という疑問・・・
これまで日本のアジア侵攻に対して全く無頓着だったアメリカなのに。
これまでは (ソ連 にアジアを侵攻されるよりは 日本の方がまだマシ )
と考えてたのがアメリカでした
しかーし、
ドイツと日本の快進撃を目の当りにし、あまけに三国同盟まで結ばれてはさすがのアメリカも
少しビビってしまったのであろう。
そして彼らを決定的に怒らせていまったのが
突然、日本の総理大臣が
「 大東亜経済圏 」 というスローガンを掲げ、東南アジア諸国一帯を日本が中心となって支配してしまおうという行動に出たからである!
今でいう EU みたいな政策ですねー
なんとかアメリカのご機嫌を取り直したい日本は
「 どうか 石油だけは止めないでくださいませー 」
と ワシントンでアメリカと交渉を開始。
だがその裏で日本はこっそりと悪事に出ていたのである。
石油やゴムや資源を求め こっそりとサイゴンに入ったのだ。
サイゴンとは、ふぃりぴん シンガぽーる 印度ネシアなど アメリカ領 えぎりす領 おらんだ領全てを攻撃できる絶好の場所。
日本の不意打ちに完全に怒った雨リカは遂に日本への石油輸出を全面禁止、
アメリカに住む日本人の全財産凍結という暴挙にまで出た後、
日本に最後の提案を突きつけるのであった
1 中国からの日本軍撤退
2 三国同盟の破棄
3 満州を満州事変前の状態に戻せ
と。
そんな条件 飲めるはずがない!!!
軍人のまま首相に就任していた東条英機の下、 日本はパールハーバー真珠湾を攻撃。
ここに愚かで悲しい太平洋戦争がスタートするのであった。
日本海軍はミラクルの連続で太平洋の島々を占領。
マニラ シンガぽーる ジャワ島までも占領に成功する。
しかし、翌年のミッドウェー海戦の大敗を機に戦局は一変
ドイツ 降伏
硫黄島戦 敗北
沖縄戦 敗北
ソ連が日本と中立の契約を一方的に破棄 参戦
そして
広島 長崎に原爆投下
ポツダム宣言 受諾 敗戦・・・
こうして日米共に多くの犠牲を出した太平洋戦争は終わりを告げ、
日本はGHQの支配下に入る。
東京には進駐軍があちこち基地を作り
看板はほとんど英語の看板に書き換えられ
日本は日本で無くなった・・・
あれから70年
今だに日本は支配下の中、という声もあります。
GHQによって作られた憲法を変更するのは当然、という声もありますし
集団的自衛権は反対だけど アメリカには守ってもらいたいという矛盾さも否めません。
日本は未だに戦争中なのかもしれませんね。
世界恒久平和を願う都市、広島で育ち 仕事をさせていただいてる事に因縁を深く感じ
本当の平和
本当の自由
本当の国際社会が一日も早く訪れる日を願わずにはいられません。
皆さまにとって灌漑深い今年の8月15日の終戦記念日であります様に!