今日、家事をしながらラジオを流していたら、
「上善は水のごとし」
という言葉が耳に入ってきました。

水のように柔らかく、
でも流れに逆らわず、自然に、低きに身を置く。
なんだかその言葉が、今日一日ずっと頭から離れませんでした。


わたしは、家事と育児で毎日精一杯の主婦です。

だけど今、もうすぐ働きに出なきゃいけない。
そういう「流れ」の中に、わたしはいます。

世の中がそうだから。
稼がなきゃ、生きていけないから。


でも、仕事を探すたびに思うんです。
「フルタイムではもう無理だ」って。

わたし、昔フルタイムで働いていました。
朝から夕方まで働いて、
帰ってきたら子どものお迎え、買い物、ごはん、お風呂…。

だけど、給料の多くは保育園代とランチ代、社会保険料に消えて、
ストレス発散に使ったお金まで含めたら、「何のために働いてるんだろう?」って
本気でわからなくなってしまって。


たぶんわたしは、
「働くために、子どもを預けて」いたんじゃなくて、
「子を預けるために、働いていた」んだと思う。

その口実を得るためだけに、
毎日、必死で、疲れ果てていた。


またあの生活に戻るのか――
そう思うだけで、
体も、心も、拒否するんです。


街で見る、颯爽と働くお母さんたち。
すごいな、って思う。
でも、わたしはあんなふうにはなれない。

うまくやれない。
疲れやすいし、体調も不安定で。
ギリギリで、いまもなんとか立ってる。


そんな自分を、情けなく思う日もあります。
社会は、強くて、速くて、明るくて、
それについていけない自分は「甘えてる」って言われそうで。


だけど、
ラジオで聞いた「上善は水のごとく」って言葉が
やけに心に沁みたんです。

水は、争わない。
流れに身をまかせながらも、しなやかで、やさしい。
低いところに身を置き、静かに、でも確かに存在する。


そんなふうに、
わたしも生きていていいんじゃないかって。
そんなふうに、働けたらいいんじゃないかって。

強くならなきゃいけないんじゃなくて、
やさしく、しなやかに、私らしく。


明日も、きっと揺れるし、迷うし、また落ち込むかもしれないけど、
それでも、「わたしに合った生き方と働き方」はきっとあると信じてみたい。

今日はそんなことを考えた、静かな1日でした。

読んでくれてありがとう。