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こどもの日限定ロールと母の日

GWも終わり、仕事に戻るとコールセンターはGW中も営業していたので、仕事がどっさりニコニコ
すっかり遅くなりましたが、5日はお友達がはるばる遠くから「でか山」見物に来てくれたので、一緒に祭り見物に行きました~

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この日もいいお天気で、気持ちのいい一日でしたニコニコ
花嫁のれんも見ながらの七尾見物
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そろそろいい時間になったので、「晩御飯なに食べます?」「公楽の鰻が食べたい」ということで公楽へ…あいにく席が埋まっていたので持ち帰りにしてもらい、「じゃあ~あそこ行こう!」と向かったのは…
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閉店10分前に滑り込みグッド!
こんな時間に来たのは初めてでしたが、夕暮れの七尾湾に浮かぶ風景はとっても幻想的でしたニコニコ
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買った物は、次に続きますニコニコ

『府中町でか山』

最後は府中町のでか山です。
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『等伯親子の競演 楓図、桜図の場』
等伯52歳の時、仙洞御所障壁画製作を狩野永徳ら狩野派に阻止されるなど狩野派を脅かす存在になっていた等伯。その直後永徳が急死し、長谷川派に大仕事が舞い込む。秀吉がわずか3歳で亡くなった長男鶴松の菩提を弔うために建てた「京都第一の寺」といわれた祥雲禅寺の障壁画製作を請け負った。2回の火災に遭いながらも現存する部分は桃山金碧障壁画の名作として国宝に指定され、中でも「楓図」は等伯の代表作として、「桜図」は「清雅 父にまさる」と高く評価された長男久蔵の代表作として知られている。久蔵はこの「桜図」を書いた直後、まるで桜のように26歳という若い命を散らす「最後の親子競演」であります。(以上3台ともパンフレットより抜粋しました)

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今回は「楓図」と「桜図」の複製画が飾られています。複製と言え貴重な物ですが大丈夫なのかな?

今日もいい天気晴れ子供はもうでか山に行っちゃいましたニコニコ
GW最後の休日みんな楽しみましょうねパー


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『鍛治町でか山』

昨日の魚町(「うおまち」ですが、七尾では「ようまち」と呼びます)に続いて、次は鍛治町の山の紹介を…

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『大徳寺総見院茶会の場』上洛後一時期狩野派に学ぶも早々に狩野派を出て長谷川派の基盤を固めたとされる等伯。その時期注目されるのが堺の人脈であり、千利休もその一人
豊臣秀吉が織田信長の菩提を弔うために建てた総見院の襖絵は等伯が利休の推薦で書いたとすれば、天正13年3月8日に行われた「総見院茶会」において秀吉や多くの茶人、武将たちに等伯の名を広める機会になったであろうという場面です。
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