平々凡々な私の人生において
結構ヘビーな出来事がありました。
その日ばかりは、これはいったいどうなってしまうのか。。。
と、途方に暮れましたが、、、やはり「時」が解決してくれました。
いいじゃないの、しかたないよ、こんなこともあるさ、と言い聞かせたり、
それにしてもとんでもないことになったぞと自分で追い込んでみたり、
よし!頑張るぞ!とムクムクとやる気に満ち溢れたり、
なんでこんな目に遭ったのだろうとただただ落ち込んだり、
心と体が別々になってしまったような感覚になったり、
朝日に希望を見出してみたり。
自分の器の小ささを情けなく思い、
ついついネガティブになる自分を更に卑下し、
いやいや結構鈍感だからいけるいけると奮い立たせ、
一つ一つの行動をよく考え、振り返ってみたりして、
不安定な足場でしっかり立たねばと踏ん張っていたような気がします。
そんな思いを解決したのは
やはり目の前のことを一つ一つこなし、片づけ、前に進んでいると実感する時もしない時も
慣れない環境で日々の生活を営んでいくことでした。
こんな状態、いつまで続くのだろうと思ったあの日も、
どこかで「いや、こんな状態も予想以上に早く慣れるはず。」とどこかで思っており、
やはり予想以上に早く慣れることになり、
人間、たくましくできているなと実感。
そして、人間ひとりでは生きていけないな、とも実感。
奮い立つことができたもの、ネガティブでもいいじゃない、と思えたのも
家族と友達がいたからこそ。
このヘビーな出来事で、たくさんの思い出ができました。
万事休す!かと思われた時、
子ども達とアンジーを預かってくれた友に救われた。
急遽アンジーの長期預かりを受け入れてくださったクローバーに救われた。
夫と力を合わせてホテルの確保からマンスリーマンションの契約、様々な手続きに奔走した。
頭から湯気が出る思いで動き回り、振り返ったらまだ2日しか経っていなかった、と気付いた。
あの日から数日後、今日は息抜きしようよ、との夫の提案でラクーアに行き、はしゃぐ子ども達に救われるようで、楽しみきれないで遠くを見てしまって切なくなったりした。
仮住まいの見知らぬ土地を、夕刻ひとり歩きながら、なんでここを歩いてるんだろう、と涙ぐんだ。
とてつもなくアンジーに会いたくなり、アンジーの存在の大きさに気付いた。
兄弟喧嘩をした直後、私との小さな約束を忘れたことに気付いた瞬間、押し殺すように泣き始め、ああこれは喧嘩や約束忘れで泣いているのではないなと思い、背中をさすって「しんどいね。」と声をかけると、コクンと頷いた娘。「お兄ちゃんも本当は辛いよね」と言うと息子も小さく頷き、生活の激変に我慢を重ねた子ども達が初めて見せた本音に、よくぞ黙ってここまで頑張ってくれたと我が子を誇りに思った。
それがきっかけでみんなで頑張ろうねと話す機会ができた。
不慣れな土地からの通学が始まり、息子は淡々と通い、娘は毎日私が送迎することになった。
送迎の車中でたくさんたくさん話ができた。
運動会の朝練で遠い上に早朝に登校することになり、朝のドタバタは凄まじかった。
一人暮らし用のキッチンで四苦八苦して作る料理も、慣れればお手の物。これは何より自慢できることの一つ。
励ましてくれたり、一緒に楽しんでくれる友人の笑顔がこんなに有り難いものかと知った。
親から送られてくる品物、果物、愛情を再確認。
何度引っ越してもすぐそばに小学校がある環境になる我が家。仮住まいもしかり。その小学校の誘導員の方が毎朝「おはようございます!」と笑顔で元気に挨拶してくださる。娘は明らかに違う小学校の子なのに。その爽やかな挨拶にどんなに救われたか。感謝!
お役所の仕事はやはりお役所仕事。今回の出来事で同情して融通をきかせてくれた民間会社とついつい比べてしまった。
上記で述べたような私の精神的ダメージに比べ、夫のたくましさには目を見張るものがあり、あえてそうしてくれていたとしても、常に明るく元気で熱く、頼もしいの一言。
そんな夫の提案でアンジーを連れて連休中に軽井沢に行ったのはどんな旅行より思い出深いものになったかも。
ゴールが見えてきたから振り返ってみました。
家族の心に強烈に刻まれるであろう思い出となりそうです。。。
早く、温かくてゆったりとした我が家で、この思い出話を語る日を迎えたいな。
足元にはアンジーが家族の声を聞きながら安心しきって眠っているのが目に浮かびます。





