年末年始に槍ヶ岳を目指して、3泊四日の合宿。

雪崩、雪庇、ホワイトアウト、アイスバーンでの滑落。
年末年始の冬山は、まだまだ積雪が少なくて、厳冬期に比べて危険は少ないとはいえ、怖いことは怖い。

アイゼンをつけて岩山での訓練、雪崩に遭った時の遭難訓練、雪山でのビバークの練習、斜面での滑落停止訓練。
冬山でのいろいろな訓練を一通り受けて、いざ北アルプスへ。

一日目は、ふもとでテント。
二日目は、谷筋を雪崩に気をつけながら、稜線で1泊。
三日目、槍を目指して稜線を進む途中から、猛吹雪になり10㎝先も見通しが効かない。
 先輩たちの経験で、ルートを見極めながら、鉄の階段を上ったり下ったり。
 吹雪で前後の人の声も聞こえない。
 20㎏以上の重さのザックに、ピッケルとアイゼン。
 目だし帽にサングラス、ヘルメット。吹雪が顔を殴りつける。

 「もう、イヤだよー! 怖いよー!」意気地なく、声をあげて叫んでいる私。

すでに午後2時が過ぎている。

稜線のために、雪洞を作るほどの雪はない。

リーダーが「ビバークするしかない。風を少しでも防げる場所を探そう」と、ゆるい傾斜でテントを一張できる場所を見つけ、
6人用のテントを張り、8人がテント内に車座になる。アイゼンとピッケルを外し、ジャケットも手袋もしたまま。
真ん中に、一台だけ暖をとるためにガスストーブをつけ、ヘッドランプは一番小さな灯にする。

昼から食事をとっていないが、ガスで沸かしたお湯でコーヒーを飲んだり予備食の飴やチーズ、饅頭をみんなで分けながらエネルギー補給をする。

天気図係が、何とかラジオの周波数を合わせて天気図を書く。

リーダーをはじめ、翌朝には雲が切れて晴れるという見通しになり、長い長い一夜を過ごす。

私は雪山のビバークは初めて。ベテランの三人を除いて、まだまだ雪山経験の浅いメンバー。

リーダーは、不安になるようなことは一切言わず、「終わらない夜はない」「止まない雪はない」などとみんなを励ます。

体を冷やさないようにして、とにかく朝を待とうと、寝付くと何かあった時脱出できないので、話をつづけながらゴーゴー鳴り渡る吹雪の音を聞きながらテントで過ごす。

標高300mの冬の朝は、早い。

吹雪の音が止み、シーンと静かになる。リーダーが外を確認して、「雪が止んだぞ」「朝日が出ているぞ」

テントを撤収しながら、金色の朝日が雪山を照らし出す。空にはまだ鉛色の雲が残っているが、今日は確実に晴れ。

砂糖がたっぷり入った紅茶と非常食を少し食べて、稜線から槍を目指して歩く。


神々しいばかりの雪を抱いた山々。
谷底から雪煙が舞い上がり、槍に吹き上げていく。

リーダーにやりに上って来い、と言われるが、もうその気力がなく。他のメンバーが降りてくるのを待つ。

この一泊のビバークで、メンバー二人が手の凍傷になり入院。

私は、足の指先が痒くなる程度の凍傷で済んだ。

命の危険を経験したのはこの時が初めて。
判断力と技術力が優れたリーダーやメンバーのおかげで、無事下山できた。

まだ40代半ばの私。何か辛いことがあるたびに、あのホワイトアウトの恐怖に満ちた一夜を思い出し、まだ大丈夫、明けない夜はない、と自分を励ましたものだった。

その年の春に卵巣がんの疑いで入院し、辛くも良性腫瘍との確定診断を受け、その後はもう冬山に上ることはなかった。

あの紺碧の空にそびえたつ槍の姿。

もう20年以上前のことなのに、なんとまあ鮮やかに記憶が残っていることか。