祭りのあと
伏見ブログ3回目です![]()
京阪伏見桃山駅を降りて左手に大手筋商店街、右手に御香宮(ごこうのみや)神社という神社があります。
そこで毎年だいたい9月の後半から10月の前半の10日間(昔は10月1日から10日まででした)御香宮神幸祭というお祭りがあり、僕らはそのお祭りのことを「ごこうぐうさん」と呼んでました。
よくある神社のお祭りですがそこそこ規模が大きいです。見どころもいくつかあって、その中の一つを紹介すると「花笠パレード」というものがあります。近隣の町内から自前の花笠を揺らしながら商店街を練り歩きます。なかなか圧巻です。
僕は物心ついたころからこのお祭りだけはかかしたことがなく、昔はこの10日間のためだけに生きている!とよく豪語?したものでした。
ごこうぐうさん、出店もいろいろありお祭り自体も楽しいのですが、ここ数年僕が一番好きなのはお祭りのあとの「帰路」だったりします。
電車で来た人はだいたい神社のすぐ近くの近鉄桃山御陵駅か京阪伏見桃山駅から帰るのですが、僕は京阪でもう一駅隣の中書島駅まで歩きます。
この道は、中書島駅のすぐ近くに住んでいた小さい頃の僕の帰路でもありました。
母親の手に引かれて、楽しかったお祭りの喧騒を遠くに聞きながら歩く帰り道は、切なさを通り越して悲しささえ覚えました。手にはくじ引きの戦利品や、金魚すくいの金魚などを持って嬉しいはずなのに、なんでこんな悲しいんやろうと思いながら、夜道をトボトボ歩いたものです。
この道を歩くと、祭りのあとの余韻に浸りながら、そんなことがむしょうに懐かしく思い出されるのでした。
ちなみに現在はお祭りでそれなりにお酒が入っているのでそこそこご機嫌で歩いてます。
いつも一駅歩くのに付き合ってくれる方々にはほんとに感謝です。
風流を探しに
伏見ブログ2回目です![]()
僕が伏見を好きになったきっかけは、新しい引っ越し先の友達と伏見桃山のお祭りに行ったときでした。
京阪の中書島で降りて伏見桃山まで歩いたのですが、途中、友達が街並みを見て何度も「風流があるなぁ」と言っていたのです。僕にとっては見慣れた光景だったのでそうなんかなあ?と思いつつ「そうやねん風流の町やねん」となぜか誇らしげに語っていました。
それからことあるごとに
「風流に行こう」
「風流してくる」 と、
友達と一緒に、ときには一人で、伏見に行くようになりました。
ずっと後になってわかるのですが、ここで言っていた「風流」とはどうやら「情緒」のことのようですね。直したとおろで「情緒に行こう」では意味が通りませんが、引っ越した先の新興住宅街の小学生たちにとっては、情緒を探しに行くこと自体、少し大人になった気がしたものでした。
そんなことを考えながら、今日は犬の散歩がてら町内をブラブラしていました。
最近越してきたここも滋賀では10年以内にできた新興住宅地です。
結局のところ、小学生の僕らが意味もわからずに「風流」と言っていたものは、伝統を感じさせる景観や歴史そのものでなく、古ぼけた民家やアパート、そこで生活する人々の様子だったのかなと思います。
そうすると「情緒」という言葉で表すのも怪しいくらいあやふやな気もしますが、やはりもしそうなら、この新しい町でも何十年後かにはその情緒らしきものが生まれてくるんだと思います。
そしてふらっと、風流しに来てくれる人がいれば、嬉しいです。
伏見ブログはじめました
ただいま坂本竜馬で盛り上がっている「京都市伏見区」のブログをはじめようと思います![]()
僕がこの町を好きになってから20年以上経ちます。当然、色々変わりました。
それでもぶらぶら歩いていると商店街の匂い、宇治川派流の流れ、夕暮れの踏切のカーン、カーンという音、
変わらないものもまた、たくさんあると気付かされます。
京都市伏見区とは―――――
水が美味しくてお酒がどーのこーの、
港町として栄えてどーのこーの、
それこそ竜馬が駆けまわってどーのこーの と、
紹介したいことはあれこれとあるのですが
実のところ僕にとっては生まれ育った町という以上のことはあんまりありません。
なので小話やうんちくは程々に、伏見をぶらぶら歩いて感じたこと、思ったことを書いていこうと思います。
ちなみに伏見はただ単に歩いているだけでもある程度歴史と景観があるのでそれなりに楽しめますが、それよりも僕は町全体にただよう生活感がなんとなく気だるくて結構好きだったりします。
伏見や同じような町が好きな方に共感してもらえれば、幸いです。
ところで僕は滋賀人ですm(_ _ )m



