人生色々・・・あなた色に塗りましょう -543ページ目

早起き4031日目

おはようさまです。

自分の身は、自分で守ろう。

政府や行政の対策が悪いとか批判する人がいらっしゃるが、他人に自分の命を預けるつもりなのだろうか?

気を付けなさいと言われているのに、気を付けなかった結果が今の状況ではないのか。

身勝手極まりない。

この地球上に自由は無い。

全ての生命が、地球に依存して生きている。

地球の許し無く生きる生命は存在しないのである。

この意見は、人類を見つめてみれば納得するはずだ。

好き勝手に活動して環境破壊した挙げ句、今声高に叫ばれているのは、自然環境を守りましょうだ。

つごうが都合が悪くなるとは、地球からダメ出しされるということ。

つまり、絶滅を意味する。

人は自らの知恵で、幾多の困難を乗り越えたが、それは許された訳ではないのだ。

他にやることがあったから、人類の所業はスルーされていただけなのだ。

怒られなければ、何をやってもいい。

問題ない筈だ。

それが、人間の地球に対する考えだった。

やがて、怒られるような事をやっている自覚も失い、暴走が度を過ぎ始める頃、気が付いたのが、今ではなかろうか。。。

コロナウイルは、人との共存を目指している。

不健康な人が不都合な状態になるだけで、それはコロナウイルが悪いのではない。

どうしようも無いことなのだ。

それが、地球のルールなのだから。

弱いものは即退場。

人間だけがルールを守らない。守ろうとしない。

弱いものをイジメ捲って、多くの種を絶滅させておきながらだ。

強きが正義だったら、病気に負けることは、本望でなければ辻褄が合わない話である。

その事を自覚するのに、人類は後どれくらい掛かるのだろうか?







早起き4030日目

おはようさまです。

地元の感染者が増えた。

濃厚接触者と県外に行き来した人の2名。

人口に見合った増え方だ。

我が地元は、いきなり県外帰りからの、夜の接待を伴う飲食店でクラスターが発生して、一時期日本一のコロナ県になった時もあった。

だから、皆びびって自粛した結果、見事に終息した。

収まるまでに2ヶ月掛かった。

クラスター発生を抑え捲った結果だ。

その点は優秀だった。

今は県外から散発的に発生しているから、やることは簡単なのだ。

県外から帰って来たら、暫くは隔離する。

自主的に。

つまり、観光客は受け入れ拒否。

コロナが本当に怖いと思うなら、この対策しか有効な手段は無い。

ウイルスをうつされない対策にはムラがあることは、濃厚接触者の感染率を見れば一目瞭然だから、マスクと手洗いの対処法では無理なのだ。

さあ我々は、どっちを選ぶのか?








早起き4029日目

おはようさまです。

全国で感染者が増えている。

その増え方は予想通り。

潜伏期間を経て倍々ゲームの如く増えている。

皆が気を付け始めるのは増え始めてからだから、もう少し増え続けることだろう。

今、再びの緊急事態宣言云々と騒がしいが、気を付けるだけでいいと思う。

我々の緊急事態宣言が解除されてからの日常生活での気を付け方に問題があった。

第1波を抑えつつあったのに自粛を解除してしまったのが第1のミス。

第2のミスは、多くの人が解除の意味を理解出来ずに緩い気持ちで新型コロナと共同生活を始めたこと。

人とコロナの共存の掟は厳しいのです。

外出時は、手洗いか消毒してからしか、顔を触ってはいけない。

外出時は、必ず正しくマスクを着用すること。

これさえ気を付けていれば良かったものを、緩いからこうなるのは当然の結果です。

だけど、ここまで増えるとは思いませんでした。

多くの人が緩んでいたということですよね。

ちゃんとしている人は多いのですが、増え始めても緩いままの人も多かったようです。

ウイルスを体内に持ち込まない為にやるべき事は決まっています。

不便ですが、共存することを選択したのだから、厳しい掟に従うしかありません。

緊急事態宣言の解除とは、コロナから逃げる生活から、コロナとの同居生活へのチェンジだと私は理解しています。

皆さんは、どんな認識なのでしょうか。

新しい生活様式のこと。

あんなもの守れないとほざく輩がいますが、古い生活様式では同居は無理なのですけど、分かって言っているのでしょうか。

今まで出来ていた事が出来なくなる。

それが何だ。

その時の状況の中で精一杯生きることが大切なのだ。

僕らは地球に住まわせて貰っている。

己の身分をわきまえろと、地球に言って欲しい。

無言で災害や疫病という試練を与えられても、謙虚さを忘れた現代人には、届かない。

緊急事態宣言の再発出とか、愚かな考えしか出てきません。

自己中を履き違えた人々よ、自分の周りを幸せにする責任者としての矜持こそが自己中の意味するところなのだ。

その責任を果たさないで、勝手気ままは許されない。

己の責任を果たそう。

世界は私を中心に回っていて、私の周りを幸せにする責任が私にはある。

新しい生活様式で周りの人を病気にさせないで日々の暮らしを守ることは、周りを幸せにしているということなのだ。