きなりのブログ<風に折れない花> -34ページ目

もうぐだぐだです(笑)


毎年のことですが
ホントにこの時期はもうすぐムリかも…と思うくらい仕事に追い込まれております( ;∀;)

大変にご無沙汰です(笑)

もう、正直
今すぐ寝てしまいたいくらいの
ぐだぐだですが
やはり年の瀬の挨拶くらいしないと
お世話になってる皆様に申し訳ないので出てまいりました

と、書きながら
もう日を跨ぎそうで焦る(笑)

皆様
この一年、こんなわたくしに
様々なカタチでお付き合いいただいたり
ご面倒をおかけしてしまったり
本当にありがとうございました


もう時間がなさ過ぎるので
今年のことは振り返らず(笑)
前向いて必死で頑張ろうと思います

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どうぞ良いお年を〜(・ω・)ノ♪

きなり



沖縄タイムの反対?


みなさま、ご無沙汰しておりますー
(・∀・)


只今Wi-Fi、家にひこうか真剣に検討中な
きなりでございますー。
そんなにスマホいじってないと思うんだけど
すぐ上限ギリギリになっちゃう(^▽^;)


さて。



前、更新したのがいつだったっけ(笑)
忘れた(笑)


……



見に行ってきました。(;^ω^A



そうそう、田舎に初めて行って参りました。
(・∀・)


新大阪から、名古屋まで行って

更にそこから中央本線で長野に向かい

更にさらに、乗り換えて軽井沢まで。

厳密には、田舎は軽井沢ではないのですが
便宜上こちらで待ち合わせ


オカンの従姉妹であるおばさんと
ウチはまだ赤ちゃんくらいのころにしか
会ったことがなかったのですが
すごく食べ物の趣味が合って(笑)
おかげで美味しいものを短い時間でしたが
たくさん教えていただけました

駅から出たらすぐに見えた人工スキー場


先日、あちらも雪が降ってたので
周りの山も今頃は、真っ白になってるでしょう
ウチらが行ったときはまだ、すこし紅葉が残っていて
それを眺めながら、僅かな自由時間でしたが
お土産などを買い求め


ひとまずおばさんの家まで車で向かい
これまた、初めましてな親戚のみなさまとご挨拶(笑)


喪服に着替え



そこから、
お通夜の会場に向かいました



殆ど親戚だけ、と聞いてましたが
それでもどんだけいるんだ(^▽^;)
って感じの中で知らない人ばっかで緊張するわー
と思いつつ
さらにこの地域が
お通夜、お葬式がちょっと他の土地とは違う段取りで進行していくわけでそれにも緊張。
次に何があるのか予想出来ない。(´д`lll) 


さすがにわたくしも、もういい歳のオトナなんで
過去に葬儀に参列したりは何度もあるのですが

こんなスタイルは初めての経験でした



お通夜では納棺の儀式があり
血縁が近い人数人で、装束の持ち物を身に付けさせたり
棺に納めたりを行ないました
(ウチらが到着する前で見られませんでしたが
あの、映画おくりびとのように、納棺士が白装束に着替えさせたりする儀式もあったそうです)


終わった後は
通夜振る舞いの席があり
そこで、オカンの従兄弟たちから
オカンの昔話を聞き


星空を見るのがこの旅での楽しみのひとつでしたが
生憎の雨で、見えず(´_`。)

でも、おばさんが帰りに
温泉に連れてってくれて
ちょっとだけ観光気分になれました(*^o^*)



翌朝は葬儀と告別式
おばさんちでも独立して関東で暮らしてる子ども達が朝から帰ってきて
朝から物凄い慌ただしさ(^▽^;)

こちら地方では、いわゆるお葬式の前に
火葬を先に行なって
その後で告別式があり、葬儀。
今回はその後、お墓まで行き、最後に灰寄せというスケジュールでした。
お葬式のお知らせなどが、あらかじめ新聞などのお悔やみ欄に掲示されるのが普通だそうで
この地域では、葬儀式の概ね30分前から告別式が始まります。
親族などではない一般の参列者は、この時に参列して焼香されますが
新聞などで告知されてる時間は(新聞のお悔やみ欄など)は、葬儀式の開始時間ですので、新聞に書いてる時間通りに行ってたら
多分、殆どの人が帰ってしまった後になるので
違う土地から来た人で初めてこの葬儀に参列した人は、さぞかしびっくりすることでしょう
(゜д゜;)


告別式に限らず、出棺も火葬場へ向かうスケジュールも殆どが予定時刻より30分程度前倒し



もし友達の葬式に行こうと思ったら
当日だともう、お骨にしか逢えなくなるかも。
まるで、沖縄と反対だわ(・∀・)
タイトルはここから(笑)



なんて思いながら
午前中に、火葬場まで向かい
小一時間ほどで、再び葬儀場に戻り

3時頃からの告別式
新聞には3時半って書いてるけど
もう、3時前には一般会葬者が長蛇の列
(  ゚ ▽ ゚ ;)


前倒しのお約束で3時前から焼香がスタートしたけど
一体、何人…いや何百人位続くの?この行列
(*_*)
オーバーではない。実際、おじいちゃんの時はこの倍位の会葬者がいたそうな。


田舎のご近所付き合いは大変なんだな…
とオカンと驚きつつ
一般会葬者が帰った後で、私達親族の焼香。


で、葬儀終わりー。

違う違うっっ
ここからまたまた今度はお墓まで移動。(°д°;)
正直、ここがこの一日で一番キツかった。
既に日も暮れて、足元真っ暗。
加えて地元の皆様仰るにはここ最近で一番の冷え込みだったらしい。
みんなガタガタ震えながら線香をお供えして
お墓にお参りして、白玉みたいなお団子を食べて。
なんの味もついてないのに、みんな、お腹空き過ぎてるから美味しいとの声。(^▽^;)



再び葬儀会場に戻って、今度こそお疲れさまー

と言いたいところが
ここから、灰寄せがスタート。

最初、灰寄せに参加するかと
オカンと共に聞かれた時には意味がわからなかったのですが
所謂、葬儀終わりの会食のことを灰寄せというらしいです。
でも、多分みなさんが想像してるのとは
またまた全然違うと思う。

すっごい豪華。

例えるなら、披露宴での食事くらい。
コースのように途中から暖かいものが出てきたり、デザートまである。
びっくりしたので帰ってから調べたけど
ウチらが行ったのが特別な訳ではなく、ごく普通のことらしい。

おまけに、引き出物みたいな大量のおみやげ付き。
これも上に同じ。


これも、いつ終わるのかよくわからなかったのだけど
上座に居た、お坊さん達がお帰りになる頃には
ぼちぼちお開き。


喪主を務められた、おばさんのお兄さんに
挨拶して、車に乗り込むと
時刻はまもなく夜の9時過ぎ。


お……おつかれさまぁ〜〜(θωθ)/~



この日は、ホテルを取ってもらっていたので
チェックインして
オカンと2人で部屋でバタンキュー(;´д`)(;´д`)


翌朝は、帰阪の日。


おばさんは、観光が全然出来なくてごめんね、と
しきりに謝ってくれたが
ホテルに迎えに来てくれた時
声をかける前、無意識の時にすごく疲れた顔をしていた
きっとすごく疲れただろうし 
今は気を張ってるだろうけど後からこたえるだろうな
お母さんか亡くなって、みんな帰ってしまったら後から寂しくなってくるのかもしれない


そんなことをふと思いましたが
オカンと2人で努めて明るく帰りまで過ごしました。
そして、ようやくここに来て初めての


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お蕎麦!!♪


手前の蕎麦猪口のなかにあるのは
くるみを擦って練ったものです
これに、つゆを入れてとかして食べます♪

おばさんのオススメでしたが
食べて正解☆


おばさん以外の親戚のみなさんも
今度は是非、あそびにおいで♪とみんな言って下さいました

こんなにたくさん、自分と血が繋がってる人達がいるってことに驚き
ぜんぜん違う風習に驚き
オカンの若かりし頃の話に驚き(笑)
ウチより
オカンのが美人だと言ったおじさま達
当時ハタチそこそこのオカンと、今その倍プラスアルファ(笑)の年齢のウチとを比較するのはフェアじゃないですわよ
( ̄∀ ̄)

この旅を機会に
オカンは兄弟達とまた一緒に
みんなが元気なうちに行けるようにと
連絡を取り始めました。


ウチにもよくわからない、オトナの事情もあったりして、皆さん疎遠になっていましたが
生きてるうちに、会って
お茶でも飲みながら昔話のひとつでも出来たらいいねー
(*^ー^)ノ


そのきっかけになったのなら
思いきってウチが
言い出しっぺになって良かったです☆



ウチにとっても
ふるさとだと言える場所がひとつ増えた気がします♪


ひとりごとな、旅の記録にお付き合いいただき
ありがとうございます
v(^-^)v


ではでは。








最期の旅


速度制限にビビり過ぎて
最近、スマホいじるのを控えていた者です
(;^ω^A

そんなこんなで気付いたらもう11月ですねー

あ、今はWi-Fiが使える所で
ちょっと休憩してるので
久しぶりに更新してみました(笑)


今年のはじめ。


色々、その年にしたい事とか目標を
計画する時
ひとつ、決めてたことがありました。


それは


オカンを田舎に連れて行くこと。



オカンの父母の代で、田舎を出て来ていて
オカンにとっての実家は大阪なんですが

じーちゃんと、ばーちゃんの実家は
長野県にあります


オカンは6人兄弟の末っ子で
兄弟も、既にふたりが鬼籍に入っていて
いずれも高齢になっていて
昔のようには頻繁に逢えなくなっていて


年を取るごとに、オカンは
元気なうちに
長野に行きたいと口にしていました


オカンは若い頃、数年
その母方の実家で生活していたことがあり
他の兄弟達よりも
田舎への思い入れがあるのかと思います


母方の実家でお世話になっていた、
祖母の一番歳下の妹である叔母とは
オカンの絵手紙を通じて
細々と交流はしていましたが

今年に入り、その叔母に
だんだんと痴呆症と思われる症状があらわれ


ウチは、オカンの体調も考えて
仕事の繁忙期が終わった秋にでも
オカンが今年の癌の定期健診を受けた後で
その時に元気ならば、休みを取って連れて行く予定で秘かに準備していました


幸いにも
癌の転移や再発は見られなかったにもかかわらず
ウチから提案した、その旅行に
当初、オカンは難色を示しました


もっと万全の体調で臨みたいというのが
その理由だったのですが
(白内障の手術も予定があるので)



ウチは




どうしても、今行かないと行けないと思う。




そうオカンに話しました。






母の叔母が高齢であることや、せっかく行った時に
もうオカンのことがわからなくなってからよりは
少々無理してでも今、行ったほうがいい。


そう、言いました。




それはもちろん本当にそう思っていたことで、
嘘ではないのだけど




口にしては言いませんでしたが




「今、行かないともう会えない。」





何の根拠もないのですが




そう思ったんです。





結果、オカンは考えなおしたのか
突如ウチに「シフトまだ間に合う?
やっぱり行く!」と言い出し



ひと月程前から
切符を調べたり、お土産を買い求めたり
着々と準備してきました



叔母と、母の従兄弟達も
十数年ぶりの再会を楽しみに
毎日のように電話でなんやかんやとやりとりをしていました




ちょっとは親孝行らしいことが出来たかな、
と思ってた矢先



そう、ほんの数日前に





母の叔母が突然、倒れ





昨日、息を引き取りました







思いがけず、明日からの旅は
お通夜とお葬式に向かう旅になってしまいました




オカンの母、つまりウチのばーちゃんこと
祖母が倒れた時にも




ウチは、何の根拠もないのですが




今、ここで帰ったら
もうばーちゃんには会えない。




確信のようにそれを感じました。


でも、それを周りの大人達に言うことが
どうしても出来ませんでした。


言ったら本当になりそうで。




だから、病院から帰宅した後で
ばーちゃんが亡くなったと電話を受けた時
本当に辛かった。
ウチは、ばーちゃんが大好きだったから。



周りに気味悪がられても
なんとでもいってでも、あそこに残ればよかった。
でも、あの頃はまだウチは子供で
なんの知恵もなかったし、どうしようもなかった。



だから、今度の母の叔母に会いに行く予定は
今度こそは、後悔したくなかったし
させたくなかったのですが

行く日程は、ひと月以上前に決めていたことだったとはいえ
この旅の予定を入れてなければ
オカンもウチも、お通夜にも葬儀にも行けなかったことを考えると

これもまた、よかったのかもしれないな
という思いもしてきました


ウチにとっても、ほぼ初めての
親戚に逢えるのも
最初は普通に遊びに行く予定だったので
僅か数人と聞いてましたが
なんせお葬式なので、ほぼ全員集合みたいな感じになりそうです


オカンの叔母さんが、呼んでくれたんだと思って
行ってきます。


ではでは。