中学生の頃に、「思い出の日」言う事を英文で書く時に注意された思い出のある単語。


"Memorial"と書くと悲しい気持ちになるから、
こう言う場合は"anniversary"の方が良いんじゃない?


そう教えて下さった先生は、私たちが在学中に事故で亡くなった。
懐かしくて、ちょっぴり切ない思い出。


昨日、最終回を迎えた朝ドラ。
恋愛ドラマの女王と言われるだけの事はあって
北川悦吏子氏って、流石。

医師の貴美香先生の台詞。
「私らは、生と死のはざまに生きとる。みんなそうや。ほいでやがて死ぬ。今は生きている。それだけ。生まれることも死ぬことも特別なことやないんやないかって。生まれることがめでたくて死ぬことが哀しいっていうのは乱暴なような気さえするんや」

主人公の幼馴染の律の父親は、妻を亡くしての台詞。
「これがいつまでたっても悲しい。最近分かった。悲しみを乗り越えたわけではなくて、悲しみと共に生きている。忘れられん。いつだって涙が出る」
「死んでしまった人たちが、いなくなったわけやない。ここにおる。」


私も去年、父を亡くした。
やはり、未だ未だ、ずっと悲しい。

愛するペットを亡くして悲しんでおられる気持ちも、
愛する人を亡くして初めて、本当の意味で分かった気がする。


親しい人の死は、「乗り越える」ではなく「共に生きる」

亡くなった人を思い出す間は、人の記憶の中で生き続ける。

友人が亡くなった時に、
悲しみに暮れる彼女のお父さまと約束した。
絶対に忘れませんって。


悲しみと共に生きるのでは無く、
キラキラした思い出と共に生きる方が良いに決まっている。

思い出す度に、もし生きていたら…
と想像しては、
亡くなった事が悲しくて仕方がなくなるのだけれど。


辛い事も悲しい事も、楽しい事も嬉しい事もある過去や未来は、
とっても有難い事であって、

今を一生懸命に生きる事は、当たり前の事なのかも知れないな。


そんな風に思った昨夜でした。