嬉しい時 赤を着る
楽しい時 橙を着る
悲しい時 青を着る
穏やかな時 水色を着る
苦しい時 黒を着る
怒る時 白を着る
「僕」にとっては常識でも
「誰か」にとっては非常識
普通
基準
当たり前
正しい事をしろ
無意味な事はするな
必要なのは
勇気?
気合い?
努力?
「言葉」は残酷で
まるで無力だったりする
裏も表も
正解も誤りも
どっちも本当の「言葉」じゃないんだ
多分、もっと別の表現の「言葉」がある。
でも誰も、それを見つけてないだけ
今も誰かが生まれて
誰かが死んでる
どっかで聞いた事あるような
「言葉」
しか書けない俺は
無力だ
感謝するとき
「ありがとう」
間違ったとき
「ごめんなさい」
本当に
「心」
の底から口にしたことが、
僕はあるのだろうか
日常で
不特定多数の「誰か」に、
当たり前と思わせるだけに発していた「言葉」なんじゃないだろうか
怖い
自分が自分として
「オリジナル」として
本当に生きているのか
「理性」「常識」「建前」に
洗脳されてしまっているんじゃないだろうか
お腹が空いたら食べる
本当にそれが普通なのか
考える事自体、無意味に思える
「誰か」に聞いても
答えはでない
でも一つだけ
絶対わかってる事ある
「俺」は生きている
朝起きて
夜寝て
多分生きてるんだ
ソクラテスが言う
「無知の知」
自分はなにも知らないって事を知る事
俺は「人間」ってものがわからない
哲学者じゃない
思想家でもない
あぁ、そうか
ただの「人間」なんだ
そう思えるだけで
もっともっと「何か」ができるんだ
「誰か」が言う
先の事を考えて生きろ
でもやっぱり
「今」を生きたい
先の事なんか誰にもわからない
それでも明日は
メイクしてライブしてベース弾いて
それでいいんだ
おもいっきりやろう
表現しよう
「僕」は今も明日も、「表現者」なのだから
あ、別に病んでるわけじゃないよ
中2病からの投稿