身体の声と、チャクラワーク


助けられました。



私の心は、嘘をついて誤魔化すことが得意なので、身体を動かすことで起こる反応を大切にしながら、自分の心に近づく、という方法を、どうしてもわからない思いにぶつかった時にとります。




今日は、ここ数日続いている、もやもやとした胸の奥のつまりの本当の意味を知りたくて、ゆっくりと身体を動かしてみました。



足の裏は大丈夫。ちゃんと意識が動いてる。
両足のバランス。膝の位置。ふくらはぎの筋肉のずれ。
大丈夫そう。



太もも、股関節。
まっすぐ立った時のエネルギーの感じ方を大切にアライメントを整える。


これは、チャクラーワークの要、TTCで解剖学を教えてくれているキーボー氏の言葉を頼りに日々実践してること。


ここもいける。




さて、骨盤とその中。



来ました。ここです。
ここが腐敗したように動かない。



一応、ヨガの先生をしているので、まぁ、一通り動かせるけど、
明らかに、動くべき何かが動いていない。
だから、他の筋肉やら神経やらがサポートをして、出来ているようにアーサナはとれるけど、違っていることは、私自身が一番わかる。




ごまかしている。わかったようにしてる。
本質から、何かをずらして、解決したことにしてる。



あぁ、嫌だぁ。

とっさに思う。
逃げたい。
いいじゃん別に。できるんだし。誰にもわかんないし。



そのたびに、それでもと向き合ってきた、この領域。
チャクラで言うと、第2チャクラの領域。
司るは感情。そして水。



洗っては、見つめて、また気が付いては洗う。何度やってきただろう。

おかげで私の骨盤の内部は、触感的にはとても柔らかい。

でも左足の付け根の少し上、大腸のあたりに痛みを感じるのだ。
丁寧に押すと、すぐ痛みは消える。
それをいいことに、ないことにし続けてきた。




どうしようもない感情。



第2チャクラは、シュタイナーのバイオグラフィーという人生のリズムに照らすと、7歳から14歳の時期に対応する。




そう、ちょうど学校が始まり、他人と触れるようになり、たくさんの感情が育っていく時期。たくさんの感情に触れていく時期。
私は、この時期に、自分では処理できない感情に出会い、亡き者にした。
それが、記憶となってここに残っている。



やっぱりここかぁ。ここが合図を出してるんだ。
第2チャクラに適するアーサナを丁寧に感じながら、何の動きで流れがとまるのかを観察する。
ゆらゆら揺らすのが気持ちいい。そして、その気持ちよさに溺れることで、
揺れる水の濁りを見過ごしていたことに、気づく。


濁りの正体を知りたくて、思いつく言葉を口に出す。



劣等感。見捨てられる。奪われる。捨てられる。土足で踏み込まれてどろどろにされる。横取りされる。あきれられる。。。
苦しい言葉がとまらなくなる。



放たれた孤独は自分に還ってくる。
誰かを頼っても、見捨てられるはず。
最期は、手を離される。



恐怖。




そう、私は怖い。みんなに嫌われるのが怖い。
怖いから、最初から一人でいようとするほど、怖いのだ。



随分、緩んできたと思っていたこの感覚が再発していた。



もやもやとした胸のつまりはこれだった。
すっきりした、というわけではないけれど、私はさみしがりで、嫌われたくなく、怖がり。だからこそ一人が好きな自分勝手。



思い知ることで、人間らしい私を見る。



この繰り返しで、私の中の「存在」というものを、誤魔化すことなく、飾ることなく、美化する来なく、映し出していけるような気がします。




チャクラワークと、身体の声を聴くという手法は、確実に私を救ってくれています。



きっと私は、こうやって、薄皮をむくように、ひとつひとつクリアになっていけるのだと思います。思いたい。笑



まだまだ旅は続きます。



見せてくれるこの世界に、友人に、出来事に。
そして、在り続ける私自身に感謝。



そして、心から愛する、みんなにありがとー。
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