この前友達と自分の時間って大事だよね、という話をしておりました
“一人の時間が自分を作る”
人と関わるのが好きで寂しがり屋の私にとっては最初しっくりとこない言葉でしたが
一人で考えに耽ったり、自分を見つめ直す時間ってとても大事なのかなと思うようになりました
近頃はツイッターとかmixiのつぶやき機能とか便利なコンテンツが生活の中に入るようになり
暇さえあれば、何か思い付いた言葉をそこに投げ掛け、皆の反応を待つということを日常的に行う人が増えた
いつでもどこでも誰かと繋がっていられる
そういう感覚に陥ってしまっている人が多々いる
ただ、投げ掛けた言葉がたまたま誰かと共有・共感できるものであれば良いけれど
そうでなければ
“次こそは反応が欲しい”“次こそは誰か答えてくれ”
と一種の強迫観念に苛まれながら投稿をし続けている人がいれば、それはある種の依存性、謂わば中毒であると言えます
最近自分の時間を上手く使えない子が増えたよね
といったことも同じ友達と話していました
寂しがり屋であることや、自分の事をもっと知って!!と思う気持ちは悪いものではないです
ただ、まるで暇であることや一人で時間を持て余すことが恥であるかのように、常に誰かの反応を窺い、それを求めるというのはとても疲れることなのでは?と思うのです
エリクソンは言いました
青年期におけるモラトリアムが自己同一性(アイデンティティ)を形成するのだ
と…
ツイッターやmixiを批判している訳ではないし、私も時折つぶやくこともありますが
つぶやくことに必死で自分の内面を知ることから逃げている人は、改めた方が良いのでは?と思うのです
人間、暇な時間があったって良いのです
一人でボーっとする時間があっても良いのです
そして、それを全てオープンにする必要はないのです
自分って掴みにくい人間やよな…
それで良いのです!!
だから相手はあなたの事をもっと知ろうとするのではないのでしょうか?
便利な物が身の回りに溢れて
使いこなし方が分からなくて
“文化遅滞”という名の渦から抜け出せないでいる私たちですが
どんどん流れてくる新たな媒体、コンテンツとは上手く付き合っていきたいものですね
私も気を付けますb(・ω・●)!!