ワタシも子どもの頃はヤングケアラーしていたので、今回の問題は盛大に燃えろと思っている。ワタシの場合は、病気の母親と知的障害の弟の面倒をずっとみてきて、自分の子ども時代は無かった。周りの大人も、そんな状況を知っていて、何もせずに、頑張ってね!と言うばかりだった。ワタシは、良い子にされていたから、それが当たり前のことだと思っていた。当たり前ではないと知ったのは、母親を看取ったあと、カウンセリングを受けて、指摘されたことからだった。ワタシは25才になっていた。もう子ども時代も青春時代も戻せない。ヤングケアラーの日々。知らぬ間に母親とも弟とも共依存の関係になっていた。ワタシは、弱い存在のひとを見つけては、助けることが自分の存在意義になってしまっていた。それはかなり長く続き、ワタシの人生をめちゃくちゃにした。その状態から抜け出せたのは、自分が病気になってからだ。だから、ある意味、病気(乳がん、副腎皮質ホルモン低下症)には感謝している。特に乳がんになったときは、初めて他人に優しくされたので、ショックよりも恍惚とした気分になった。今でも病院関係者には感謝している。
乳がんになったときよりも、ワタシは自分の子供時代のほうが辛かった。誰にも頼れない虚しさ、どこにも逃げる場所がなかった悲しさは忘れられない。