今日はパパがお泊りなので、やーやと二人でお留守番。ちょっとドキドキ。私もリフレッシュしたいなあ~。
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3月1日。卒業式かあ。高校って、イメージ的に学ランだなあ。ブレザーはだらしない感じがしてイマイチ。やーや、母は学ランが好みなのでよろしく。学ランの似合う男になって頂戴。
今でも「第二ボタン下さい!」とかいう風習は残っているのかなあ。やってみたかった・・・。でも、中学ではそんなこと言えるような度胸なんて無かったし、高校は女子高だった。ああ・・・。後悔先に立たず。
何においてもそうだけど、「もしあの時こうしていれば、今頃・・・。」という事がある。歳を取れば取るほど、それは多岐にわたると思う。意識的・無意識的、そして恣意的に強制的に、私たちは人生を大なり小なり変化させる選択をする。どの道を通るか、どんな髪型にするか、とか、仕事や進路等々。
今の自分とは180度違うだろう自分が、実際いたかもしれない確立の高さに、時々驚いてしまうほどだ。その確立がどんなに高かろうとも、選択する時点には決して戻れない。そして、選択した答えの真逆を選んだ自分について、人が最も強く鮮烈に思うのは、恋愛に関してじゃないだろうか。
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人は誰しも、忘れられない人がいると思う。それは大抵、もうどうしようもなく遠い人だ。だから、焦がれるのだろう。
私も時々、中学時代に好きだった人が夢に出てくる。F君という。F君とは、私の下らない勘違いのために全く話さない仲になってしまった。けれど、誤解を解くことがどうしてもできなくて、そのまま卒業してしまった。夢の中では、F君は中学生のままで、私は中学生だったり結婚した今だったり色々だ。
いつも同じなのは、私が、あの時はごめんね、もっと早くこうして言えればよかったね、と言っていること。そして、決まってF君がニコッと笑って、もういいよ、と言ってくれる。
その夢を見た後は、夢だと分かっていても、胸の奥の一番深いところが、なんだかギューっとなって、息苦しくなる。そんな時、決まって「もし、あの時ちゃんと言えていたら、今頃・・・。」と考えてしまう。
現状に不満も何もないし、パパと出会って結婚してやーやがいて、とても幸せだ。なんだけれど、それとは全く違うベクトルで、もう一人の、いたかもしれない私について考えてしまう。
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選択に後悔は付き物だ。大切なのは、そこに囚われずに未来へ活かすことだ、と思う。未だ来ぬ明日、さて何が待っているやら。とりあえず、洗濯物が溜まっている。まずはこれか~。明日晴れることを願おうっと。