―― 悲観は気分であり、楽観は意志である ――

(アラン『幸福論』より)

人生には、突然に悲しい出来事が訪れる。
その瞬間、そばにいてくれる家族や友人が、きっと支えてくれるだろう。
けれどもそれはつかの間であり、
やがて人はその悲しみを抱えたまま、一人で向き合わなければならなくなる。

少し峠を越えたとしても、悲しみは形を変えて心の奥に残り続ける。
そうして自分の内側を見つめるとき、
人はもっとも深い孤独に触れるのかもしれない。

けれども、そこで「楽観を選ぶ」ことができたとき、
つまり、自らの意志で前を向き、
小さな行動を起こす勇気を持てたとき、
人はまさに“生きている”実感を得る。

そして──
行動を起こす勇気と、心を突き動かす何かに出会えたとき、
とてつもない衝撃と幸福感に包まれ、
人生が煌めく瞬間が訪れる。

その瞬間、自分という存在がとてつもなく愛おしく思える。
泣きながら立ち上がる自分を、
「よくここまで来たね」と心から抱きしめたくなる。
誰かに褒められるからではなく、
自分自身が自分を讃える瞬間。
その胸の奥から湧き上がる温かさこそが、
本当に“生きている”という証なのだと思う。

そしてその煌めきは、
まるで宇宙のどこかに届くような、
静かな光の波となって広がっていく。
絶望の中に差し込む一筋の光──
それが希望のはじまり

倖せってここにもあるんだ。

そのきらめきは、逆境の中でしか起きない。

光は、闇を通して初めてその輝きを知る。
悲しみも痛みも、私たちを磨き、
本当の自分へと導くために訪れるものなのかもしれない。

それを一度でも体験すれば、
もはや悲しみや苦境に打ち克ったも同然である。
その体験は、
人生のどんな試練が訪れても乗り越えられるという
確信と勇気を与えてくれる。

その瞬間こそが、人生の煌めきであり、
命が燃えているという感覚をおぼえる。

悲しみは消えないかもしれない。
けれど、その痛みを抱きしめながら歩むことで、
人はより強く、よりしなやかに、
そして静かに、
だけどドラマチックな人生を見つけるだろう。

人生を生きるというのは、

自分を創っていくこと。

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