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リウマトレックス

今日はまた病院に診察に行ってきました。

一ヶ月半ぐらい前から、リウマトレックスを服用しており、本日の診察までは週一回、朝晩2錠ずつの4錠を服用しておりましたが、明日からは週一回、朝晩3錠ずつの合計6錠を服用することとなりました。


また、一ヶ月後には診察があり、それまでに関節の痛み等が軽減されなければ、薬を変えて、プログラフの服用となりそうです。

SLEの疑いもあるので、プログラフはリウマチ、SLEどちらにも効果があるとのことで期待出来ます。でも、量にもよりますが、薬代が一ヶ月平均15000円前後ということなので、毎月の検査代等を含めると、2万円の支出です。。

給料もとても安いので(残業代も役席の采配によるので、ほぼ出ません)、まさに治療費だけで火の車ですね。。




オシャレも楽しみたい年頃なので、本当に悔しい思いでいっぱいです。

リウマトレックスが、来月の診察日までに効いてくれるといいのですが。。




更に、来月の頭に試験があるのでしばらく体に鞭打って頑張りたいと思います。( ;  ; )





先日は友人と占いとショッピングを楽しみました!
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リウマチと仕事と。

今日は職場の歓迎会でした。
一週間に一度のリウマトレックスの服用。
ゆえに、飲酒は避けていましたが、上司にお酒をすすめられました。

酔いもあって冗談とは思いますが、薬を飲んでいるので。と断っても、何度もお酒をすすめられました。

リウマチということで先日アザルフィジンを服用、そして二週間後に全身に皮疹、発熱、吐気の副作用で中止をし、新たにリウマトレックスを服用となり、上司にはまた副作用があるかもしれないと伝えており、投薬をするということはそれなりにリスクがあることを分かって頂いていたと思うのですが、今回の件はさすがに驚き呆れました。

自分が病気をしたことがないからなのか、やはりこの痛みや辛さは誰にも分かってもらえません。


毎日ロキソニンを飲みながら、仕事をして、毎日サービス残業をし、体調が悪いことなど誰も気にせず早く帰れとも声もかけてもらえず、お先に失礼しますと言うと先輩には嫌な顔をされ、本当にもうずっと精神的にもギリギリのところで生きているような気がします。


今もし、仕事を辞めても体調が安定せず、最近は歩くのも痛く、転職も出来る気がしません。


生きていくにはお金が必要なので、働かなければいけませんよね。
結婚も、リウマチとあればなかなか難しいように思います。

そんなことをずっと考えていると、今朝は通勤中に涙が出てきました。



あまり現実的では無いですが、ぼんやりと自殺さえも考えてしまいます。
楽しいこともたくさんありますが、何か根本を考えると、こんなに辛いのに生きる意味さえ見失ってしまいます。


女手一つで育ててくれた母や、支えてくれた祖母のことを考えると悲しませたくないので、自殺は辛いです。

でも、生きるのも辛いです。

仕事を辞める勇気もありません。



欲張りなのは分かりますが、私よりももっと重病で辛い人がたくさん居ることも分かりますが、やはり友人や周りの人と比べてしまうと不幸であるような気がしてなりません。


明日も仕事に行くのが辛いです。

続き 4

それからというもの、相変わらず身体の関節が転々と痛んだ。
重度な日は、ブラジャーのホックを留めるのも辛く、文字を書くのも辛い、お金を数えるのも辛い、股関節が痛み、階段を昇り降りするのに一苦労、足を引きずりながら出勤、労働。

足を引きずりながら歩いていても、職場の先輩には、私のキャラがキャラなだけに、痛風?や、五十肩やろ?と、心無い声。

役席からも、早く帰ってゆっくりしいやの一言も無し。(定時以降、残業代は一切出ず、サービス残業が当たり前で、この時は大体8時前後まで毎日残業していた。一人だけ帰りにくい雰囲気も尋常ではない。)


怒られることも無ければ、気遣いの声も無い。
身体の具合はどうなんや?と聞かれても面白半分、興味だけで聞くだけ聞いて何のフォローも無い。

よく、病気でも気丈な方は、同情されるなんて嫌、普通通りに接して欲しいと言う人も少なくないと思うが、私は精一杯身を削って仕事をしていることに少しでも気付いて欲しかった。
そう思うことは甘えだろうか?みんなそうやって生きていると言われればそれまでだが、悲劇のヒロインになりたいわけでもないが、何かしら精一杯を尽くしてここに立っていることを認めて欲しかった。




やがて、年に一回の連続休暇が近付いてきた。
医師に二週間の検査入院を提案されて2~3ヶ月経っていた。私は連続休暇を利用して、プラス一週間有給を使い、7月に検査入院することに決めた。



続く。

続き 3

紹介状を書いて頂いて、早速大病院の膠原病内科へ行った。

高校生の頃にアレルギー性紫斑病にかかっていた私はそれから腎炎になり、その病院で何度もお世話になっていたので、皮肉にもホームへ帰ってきたような気持ちだった。
(やっと腎臓内科で定期的な通院をしばらくやめてもいいと言われたすぐのことだった)



そこから更に詳しい血液検査を行った。
どうやら抗ds-DNA抗体というものや、リウマチに関わるものや、抗核抗体というものが高い数値で出たようだった。



身体の大きな関節が、日替わりでころころと場所を変えて痛み、3日ぐらいでその痛みは消失するということで、私は真っ先にSLE(全身性エリテマトーデス)を疑われた。


非常に聞きなれない病名だが、私は高校3年生の時の一つ年上の先輩がこの病で意識不明となっていたことを思い出し、まさか自分が?と思った。


有名なのが蝶形紅斑や、レイノー現象であるが、私にそのような症状はない。あるのは関節痛のみ。
他はといえば最近、異様に疲れやすい。仕事から帰ると、吸い込まれるようにベッドへ入り、地球全ての重力がかかっているかの如く、ベッドの敷布団に沈み込んでいく感覚に苛まれる。
疲れてるんだなぁと安易に考えていたが、これも症状の一つなのかもしれない。





医師からは、検査入院を勧められた。

仕事の都合もあり、今すぐは判断出来ないと言い、痛み止めのロキソニンを処方してもらい、経過観察となった。





続く。

続き 2

社会人2年目の年度末、特に仕事が忙しかった。
一緒に仕事をしていた先輩が産休に入ったことで、私は一人でその仕事をしなければならなかった。周りは少しは手伝ってくれるものの、全ては私の責任、精神的負担が大きかった。仕事中は常にイライラし、周りにもイライラしていることが伝わっており、この気持ちを理解して欲しいが為に表情や態度に出してしまうが、結局そこからは何も生み出すことはなく、後悔の念に苛まれるという日々を繰り返していた。



前述した通り、この頃から、だんだんあちこち体が日替わりで痛くなっていった。
そして社会人3年目を迎えたのだ。
4月からは他の窓口に居た先輩がこちらへ移り、私が仕事を教える立場となったが、また2人体制へと戻った。

仕事の手間は最初は普段より多かったが、独りではない、共感してくれる人がいる。というだけで、精神的にもだいぶ安定した。



しかし、身体の具合は一向に良くならない。
かかりつけの近くの内科へ行き、血液検査をしてもらった。最初は先生は、ただの関節痛だろうと、他の先生と同じく相手にする様子も無かったが(患者の診察の回転率を良くするため、雑に返事をされていた。)、血液検査の結果を見ると直ぐに態度が変わり、気になる点があるので大病院へ紹介状を書いてくれた。

もちろん、私もこれまで不安だったため、インターネットで調べていた。



そこでやっと、医師と私の見解が一致。


膠原病。




私は、検査結果や先生にこの疑いを導き出されたことについては、不思議と安心感さえ覚えたのだ。


分からないことほど、怖いことはない。
やっと、自分は何と闘っていけばいいのかが分かったことで希望を見出した。


自身、あれが原因なのか?あれが始まりだったのか?と考えを巡らせるが、どれもはっきりとは断定できるものが無い。


この病気は、原因が分からない
それが難病、膠原病というものなのだ。




続く。