人は何のために生きるのだろう。何度考えても答えが出ない問いである。

 スピリチュアル界隈では「魂の修行のためである」と答えるかもしれないが、そう考えると少々うんざりする。

 またある人は「人は人生を楽しむために生まれてきた」と言う。修行しながら楽しまなければいけないらしい。無理ゲーである。

 

 そんな精神性の低い私に人生の意義を教示してくれる絵本がある。もちろん全く堅苦しい絵本ではなく、流麗な絵と文章が創り出す世界は、一編の美しい詩を堪能したかのような読後感を与えてくれる。

 

 主人公のアリスは好奇心の強い少女である。大きくなったら遠い国に行き、歳をとったら海のそばの町に住みたいという。その話を聞いたアリスの祖父は「それはけっこうだが、もう一つしなければならないことがある」と言う。「世の中をもっと美しくするために、なにかしてもらいたいのだ。」と。

 大人になったアリスは祖父との約束を果たそうとする。ルピナスの花の種を携えて・・・。

 

 今まで数多くの絵本を読んできたが、これ以上美しい本はなかなか見つからない。クーニーの優しい色彩の挿絵と世界を見つめる慈愛に満ちた目線がある。

 

 私は昔、恩師に「人は自己実現のためだけに生きるのではない。世界を美しくするために生きていくのだ。」と言われたことがある。彼のこの言葉は今も私の魂の中心を貫いている。

 人間一人一人が少しづつ世界を美していけばこの世は楽園になるだろう。

 

 そこでどうしても思い出すのが、森園みるく著(村崎百郎原作)の漫画「クレオパトラ氷の微笑」である。いきなりレディコミックに話がとんでしまうのだが、この漫画はただのレディコミではない。森園ミルクの最高傑作であり、女性漫画(というジャンル分けはあるのだろうか)の中でも傑出している名作なのだ。

 

 主人公の大道寺圭子は日本最大の財閥の次期総裁で、絶大な権力と知性と美貌に恵まれ世間からはクレオパトラと呼ばれている。数々の権力闘争と妨害に打ち勝ち、日本の影の支配者としての階段を一歩ずつ昇っていくのだが、話はそれだけでは収まらない。

 

 為政者による国民への愚民政策が人々を堕落させ、現代の殺伐とした社会を作り上げてしまった。男性性の強い世界は戦争や紛争を生み、世界は憎しみの連鎖を作り続けている。

 そんな社会に真っ向から立ち向かい、圭子は「人々に真の自立と生きる喜びを与えるための支配」を目指す。それどころか「人々がそれぞれ美しいと思う生き方を追求できる社会にし、この世をもっと成熟した健やかなものにしたい。」と人々の美意識に革命を起こすべくプロジェクトを立ち上げる。

 

 この世を美しくより良いものにしたい。その鍵は女性性が握っているのかもしれない。

 寺山修二は、過ぎ去った事は全て虚構であると言った。過去は思い出される度に捏造される。自らの歴史の呪縛から解放されるには記憶から自由になる事だ、と。

 この詩集は生涯をかけて虚構の世界を構築し続けた寺山の可憐なリリックである。

 

 寺山は感傷的な少女となり、綺羅星のような言葉を紡ぎあげ、メルヘンの城を築く。

「なみだは にんげんのつくることのできる 一ばん小さな海です」

 寺山の詩には海をモチーフにしたものが多い。

 海は広大で世界の全てを飲み込む途方もなく恐ろしいものでもあるが、掌の中に収まるひとしずくの水でもある。

 

 想像力とは過去も現実すらも変える力を持っているのだ。