今朝娘と二人
ウォーキングしていると
道端に何やら小さなかたまりが、、。。

小さな小さな子猫
目や鼻がカビカビ
触れると空気のように軽い

どうしよう
このままだと死んじゃう

でも 家にはすでに
4匹の猫ちゃんが、、、
これ以上無理

でもこのままにしていては
死んでしまう

後で里親探すようにして
とりあえず
助けようか
ウォーキング途中から
ティッシュペーパーにくるんで
家に連れ帰った。

洗面所にぬるま湯張って
体を洗い始めると
赤色の水に!
なに?

調べたらノミのフン

ノミも沢山出てきて
何度も何度も洗って
流した。


娘と二人
こんなにノミいたら
栄養も取れないし
死んじゃうよね
とノミ取りに集中し
バスタオルでくるみ
きれいに乾かし
少しの水と
ウエットのエサを与えて
キャリーバッグに隔離

疲れたのかすぐ寝てしまった。


ノミ取りは何がよいのか
アマゾンで調べたり

病院で診てもらったほうが

と判断



午後病院につれていくことに。

でも様子を見ていると
息が荒く
体温が低い

この間お兄ちゃんが
大宮の道端で保護してきた
レオちゃんは
体温が高く測ったら
9度4分もあった。

電子レンジで温める
ジェル状の湯たんぽを
バスタオルの下に入れ
様子を見ていると
何だか息が荒く

目もあけない


持ち上げると
グッタリしている。


少量の水をスポイトで
あげて
覗くと更に呼吸が
小さくかすかになっている。

病院に電話はしたとき
体重はときかれて
測ったら364グラム


ノミよりもいのちの危険を感じ
病院に向かい
診察受付をしているとき
キャリーバッグを開けると
呼吸をしていない!

看護師さんが見て
ベロの色も変わっているので
死んでますとのこと

娘と二人病院のドアを締め
庭に出ると
涙があふれて
ごめんなさい
私のせいかな
洗ったりしなければ
あのまま連れ帰らなければよかったのかな
とつぶやいている。

救えなかった命に
なにかもわからない後悔

取り返しのつかない命

助けてあげられなくて
ごめんなさい。

















昭和元年10月20日生まれ

満96歳を控えて
7月14日 朝7時14分
亡くなったと姪からLINE


百まで行けるかも
と言っていた姉だった

死ぬまで自宅で
過ごしたいと言っていたが

ドクターから一人暮らしは無理と言われ
地元埼玉の施設に入所

コロナ禍で
面会も限られた。

独身の長男が
事あるごとに呼び出され

面倒を見ていたが

自身も脳梗塞など患い
仕事はしているものの
面倒みられなくなり
長女の手に委ねられ
2週間ぐらい前
埼玉から
姪の住んでいる
奈良の施設までお引越
この二週間で
救急搬送されること2回 
大動脈瘤もあったとのこと

それでも寝たきりでなく
なくなる前日
姪が面会に行き
施設の庭に咲いていた
蓮の花が見たいと
車いすで外に出て
花を鑑賞したとのこと

そして翌朝亡くなった
と聞いて

100まではいけなかったけど最大限頑張った姉の大往生だと感じた。


私にはなんの虫の知らせも
なかっけれど
前日蓮の花も見て
極楽浄土間違いなしと
一瞬姉の笑顔を感じた。

活発で行動力のすごい
姉だった。
私とは親子ほどの歳の差
姉が22歳 私が3歳の時
母が亡くなり 
姉は東京に出てしまい
姉と生活した記憶は無い。

でも時々手紙や物を
送ってきてくれていた。 


ときが流れ
それぞれの人生を歩み
先に旅立った。

日本の戦前戦後をいきた
輝いて花開かせた時期
艱難辛苦のときあり 
手紙を書いたり

姉とは折々の交流をしていて、特に姪とは気もあい

LINやり取りしている。


8人兄弟のうち
残り4人になってしまった。

葬式と言っても退院したばかりの

90歳の姉と

一人暮らしで体の不自由な
兄と車いすの兄 
動けるのは77歳の私のみ


兄弟の葬式すら
参加するのが
困難な状態
これが高齢化社会の現実

まず荼毘に付してから
子供たちだけで 
納骨を済ますこととなった。
コロナ禍ということも
あり、この頃では
殆ど家族葬となっている



来世とかは信じてないけど
あの世があるなら
姉は明るく幸せに
笑顔で過ごせることと
思う。
自分でそうすることが

できる人だから、、、、


亡くなっても

それで終わりじゃない。

これからも姉を感じていく


私が生きている限り

私は忘れない。



























ここに来て
40度超えの猛暑から
少し楽になりました。
超短い梅雨

紫陽花も猛暑にまけて
焼けて、縮んで
ドライフラワー状態に
なってしまいました。

去年の母の日の紫陽花
卑弥呼 今年も咲きました。



アメリカ紫陽花 アナベル

3年前の母の日の紫陽花
ダンスパーティー 
とても良く伸びて
大株になります。

淡い 微妙な色合い 
儚くて やさーしい感じです。


バラと同じ時期に咲いてくれます。

隅田の花火
挿し木1年目で
とても大きくなりました。



てまりざきの日本紫陽花
明るい色が 
元気を与えてくれます。

咲き始めはこんなでした。

町の講座で
アメリカアジサイを楽しもう
というのがあって
参加してきました。

教材の一部ですが
紫陽花の種類
剪定方法など

NHK 趣味の園芸でも
紫陽花取り上げてましたが

紫陽花はバラと比べると
ローメンテナンス 
草花と比べても
栽培が楽ですね。
その代わり ある程度の
スペースを要しますね。

挿し木苗もいただいて
植えました。
ノリウツギのライムライト
だと思います。
小さい苗ながら
蕾が
上がってきています。


限られたスペースなので
来年は
あじさいの種類
いくつか入れ替えをして
楽しもうと思います。



今年の紫陽花は
あっという間に
思い出になってしまいましたね。
でも木陰の紫陽花は
まだ健在です。


アナベルは緑色に変身



そしてポタジェガーデンでは
スイカが成長中となっています。


それでは
皆様 元気に暑さを
のり超えましょうね。



シュミレーション写真

こんな画像も参考にして


今年10月
我が家は新築以來25年

8年目で屋根と外壁の塗装工事をして今に至っている

昨年はキッチンのリフォー厶をした
ついでに天井のクロス張替え 
洗面所やトイレ 洗濯場の

床にはビニールタイル?に




金融公庫も25年目
繰り上げ返済済みなので
ローンの完済感はないけれど
火災保険の満期が来る
団信は安いけれど
これから損保も検討しなければ、、、

これを機に
屋根と外壁のリフォーム
6ヶ所ぐらい相見積取ったり ネットで調べたり

いくつも見積もりとって
見較べても

業者によって見積の項目が

それぞれで

一概に比較できなかった



例えば屋根材にしても

ただの塗装から

ガルバニウム吹き替え
或いはカバー工法

アルミによる
屋根と外壁のカバー工法

コロニアルの屋根材なので
塗装は3回までとか
アルミは半永久だとか
ガルバニウムは錆びるとか

沢山のそれぞれの業者の
言い分に振り回され
あっちこっち
よそのお宅をみてあるいたり 

何ヶ月も悩み調べてみた

業者によって
図面をもとに計測したり
壁面の計算もしているのに
基礎となるヘーベー数が違う

見積もりの基礎だと思うので
業者によって違うのも
納得行かない

アルミは半永久的で
心を動かされたけれど
金額が交渉しても
635万円と高額で
諦めた

老後の年金生活ではとても無理

そんな高額でも

ローンを組んで

やられた方もいて

何軒か訪問してもみた


ネット上で
色々な方のコメントを
参考にしながら
また 今までにリフォーム
した方の情報など

参考にして


最終的に屋根は

ガルバニウムカバー工法

外壁塗装

に落ち着いた


ガルバニウムもフッ素とか

塗料も無機だったら

私の生きているうちは

大丈夫そう


明日足場を組み

いよいよ

暑い中リフォームが始まる

色選びが適切だったのか

ちょっと不安が残る


これから

長く使えるように

時期的には

良かったのだと思っています












今月はじめ
シルバー人材センターの説明会に参加し
20日に登録


そしたら今日
シルバー人材センターより
電話があり
8月から
工業団地の中の会社
新しく研究棟ができるので
そこを二人で週5日  
交代で屋内の清掃をしてほしいとのこと

私は宜しく御願いしますと
きまりました


もう一人はこれから探すとのこと

73歳まで働いたけど
その後この四年間
ラージボールや庭仕事
自由にストレスなく
のびのびしてきた

なので フルタイムは
とてもできない
無理のない範囲で
できる仕事があればと
シルバー人材センター
に登録したわけ

地元の複数の同級生が
10年以上シルバーで働いており
私も空き時間を活かして
働いてみようと思いたち
実行に移したわけです

駄目だったらやらなければいいし
体調を見ながら
自分をためしてみよう

シルバーだと
草取りや
清掃が主な仕事
同級生はずっとトイレ掃除



スポーツや家事では 
収入にはならない
出るばかりより
少しでも入ってくれば
出ると入るでは大違い
そうとも考えてみた
反面 体調崩したりしたら
それも困ること


95歳と90歳の姉を持つ
77歳の私
働くことができれば
それもまた幸せなこと

昨日95歳の姉の娘
姪より電話があり 

それまで長男の甥が

施設に入っている姉を見ていたが 本人が脳卒中で
何回か倒れたりして

施設から姉を歯医者に

連れて行ったりするのが

大変になり

埼玉の施設から

姪の住んでいる奈良の施設

に移動したと知らされた



姉の様子は95歳の
それなりに衰えていて
それまでも痩せていたが
更に痩せたとのこと

100歳まではどうかなと

姪は言う


地声が大きく
行動力のある活発な姉
でも年とともに
衰えてしまうのかと
寿命の二文字が浮かぶ

また手紙を書いてみよう



70代は90代に比べれば

まだまだ若い


それも実感できた

私にはまだ仕事をしようと
する意欲がある
肉体もまだそんなに
衰えてない

サミエル ウルマンの
青春とはの言葉のように
私はまだ前進したい


8月からシルバーで
やってみよう