あまり後ろ向きなことを考えたくないのですが、ちょっとしたつぶやきとして、書かせてください。

私、この病気になる前から、生きることについて考えていました。それは、人間も自然の一部であり、運命に抗わず生きていこうということです。だから、延命措置なんて考えていなかったし、死ぬ間際に「いい人生だったなあ」と思えれば満足と。しかし、今こうして体に穴を開け、人工呼吸器に繋がれているのは、理由があるのです。夫の「延命措置をしてくれないと、救急車も呼べず、苦しんでいるのを見ていることしか出来ない。そんなことできない。」という言葉です。夫は泣いてました。私は、家族にそんな辛い思いはさせられないと思いました。

 先日、主治医に「治療法もないのに苦しんで死を待たなくてはいけない。安楽死がないなんて理解に苦しむ」と言い困らせてしまいました。しかし、生きることについて、もう一度真剣に皆さんに考えてほしいです。毎日苦しみながら死を迎えることしか出来ないのでしょうか。生きることは大切なことです。しかし、現代の医学でどうしようも出来ない病気についてはもう一度その意義…生きる意味を考えてほしい。そう思います。訪問看護のQちゃんは、我々は生かされていると。それもわかります。でも、苦しみを耐えるのは私です。そのくらいの権限は、持ってはいけないのでしょうか。