公演を機に複数の人達と繋がり、心地好い関係を築いていく中で、変なイガイガが急速に剥がれ落ちていくのを感じる。

真の心地好さ、とは良いことばかりを言い合うでも傷を舐め合うでもなく、善きも悪しきも同じテーブルの上に広げ討論の材料に出来るフラットな関係の中にこそ生まれる。

M氏と肩くっつけて話しながら、K女史と長電話しながら、そんなことをずっと考えていた。

本質はそうではないのに周りの巻き添えをくってノイズにまみれている人、本当は自分に問題を抱えているのに他人に罪を擦り付けてしまう人、どちらも不憫だと思うが俺は昔のように何度も救いの手は差し伸べることはしない。本当に変わりたいと望んで先のビジョンが見えている人には協力は惜しまないけど。

それにしても同時に複数プロジェクトが動き出してその殆どを『ドウシマショ?』と頼られるのは嬉しさ半分重圧半分。でも今まで育ててくれた人達から貰ったことを新しい才能に注ぎ込む時期に来てるのかなぁと妙な使命感に燃えている部分もあり…年の功という言葉のリアリティをひしひしと感じる今日この頃。
所詮結局文章にするとよほどの文才でも無い限り稚拙な心情吐露で自分を納得させることしか出来ずに何も解決せずに終わる。そんなことは誰にも見えない日記に書けば済むことなのに俺もいつの間にかネット社会に毒されていた。

馬鹿だねぇ(笑)

また同じ過ちを繰り返さないとも言い切れず、ネガティブな内容の日記は削除した。

ああもう面倒くせえ自分!
今日は多分寂しいレッスンになるけどその方が俺にとっては救いだ。丁寧に嘘をつかず自分のありのままを来てくれた人には擦りこもう!
チケットの売れ行きが芳しくない以外は全てがうまく廻りだし、とても穏やかに興奮してる日が続いてる。こんなふくよかな気持ちは久しぶりだ。

『Village』はまさに今の俺自身のアバターのような存在になった。浅く中途半端ではあるが、母の宗教感が色濃く現れているし、ゲイではあるがきちんと男女の愛を理解しているが故の結婚に対する想いも描けたし、自分のコンプレックスも自信もバランス良く盛り込めた気がする。

これまで沢山の作品を創ってきたが、他人の意見に素直に耳を傾けられたのはおそらく初めてだろう。頑固さは変わらないのだが、客観的に外から見つめる視点は失っていない。敬愛する仲間達は俺と少し違った視点から作品を良くするために正直に提言してくれる、その気持ちにはプライドなんて邪魔なものは捨てて耳を傾けなかったらあまりにも損だ、そんな風に考える余裕が今回はあった。

全身全霊でぶつかった結果は間もなく出る。旧友や新しく出逢ったダンサーがここにきて続々観に来てくれることになった。

よし一発かますか!