公演を機に複数の人達と繋がり、心地好い関係を築いていく中で、変なイガイガが急速に剥がれ落ちていくのを感じる。
真の心地好さ、とは良いことばかりを言い合うでも傷を舐め合うでもなく、善きも悪しきも同じテーブルの上に広げ討論の材料に出来るフラットな関係の中にこそ生まれる。
M氏と肩くっつけて話しながら、K女史と長電話しながら、そんなことをずっと考えていた。
本質はそうではないのに周りの巻き添えをくってノイズにまみれている人、本当は自分に問題を抱えているのに他人に罪を擦り付けてしまう人、どちらも不憫だと思うが俺は昔のように何度も救いの手は差し伸べることはしない。本当に変わりたいと望んで先のビジョンが見えている人には協力は惜しまないけど。
それにしても同時に複数プロジェクトが動き出してその殆どを『ドウシマショ?』と頼られるのは嬉しさ半分重圧半分。でも今まで育ててくれた人達から貰ったことを新しい才能に注ぎ込む時期に来てるのかなぁと妙な使命感に燃えている部分もあり…年の功という言葉のリアリティをひしひしと感じる今日この頃。
真の心地好さ、とは良いことばかりを言い合うでも傷を舐め合うでもなく、善きも悪しきも同じテーブルの上に広げ討論の材料に出来るフラットな関係の中にこそ生まれる。
M氏と肩くっつけて話しながら、K女史と長電話しながら、そんなことをずっと考えていた。
本質はそうではないのに周りの巻き添えをくってノイズにまみれている人、本当は自分に問題を抱えているのに他人に罪を擦り付けてしまう人、どちらも不憫だと思うが俺は昔のように何度も救いの手は差し伸べることはしない。本当に変わりたいと望んで先のビジョンが見えている人には協力は惜しまないけど。
それにしても同時に複数プロジェクトが動き出してその殆どを『ドウシマショ?』と頼られるのは嬉しさ半分重圧半分。でも今まで育ててくれた人達から貰ったことを新しい才能に注ぎ込む時期に来てるのかなぁと妙な使命感に燃えている部分もあり…年の功という言葉のリアリティをひしひしと感じる今日この頃。