私の本職は技術者である。そのため本ブログを友人に紹介すると、「一体いつ頃から「古事記」の謎に関心を持ったのか」と良く聞かれる。実は私自身も良く覚えてはいない。
読書は昔から趣味で、特に「歴史」と「ミステリ」は大好きなジャンルだった。小学生の頃からホームズやルパン等、国内外を問わず様々なミステリを読み漁った。これまで読んだミステリは数えきれない。ミステリマニアであると自負している。また、「ミステリ」に劣らず「歴史」に関しても、様々な書物を読み漁った。そしていつの頃からか、「古事記」の様々な謎が気に掛かるようになった。
謎を解き真実を探る物語がミステリである。それは私の本職の技術者の仕事である研究開発と似ている。そして技術者の習性として、ミステリと同様に「古事記」の様々な謎を解くため、様々な仮説をたて、その仮説により、他の不思議な事実も含め、すべての謎が矛盾なく解けるかどうかを検証するのが楽しみになった。そして様々な謎が解けたとき、通説とは全く異なる歴史のリアルな姿が現れてくるのが、新鮮な驚きであり感動になった。
本書はそれ等の謎解きと驚きの結果をまとめたものである。つまり本書は「古事記」の様々な謎を解き、歴史の真実を探る古代史ミステリである。探偵が様々な仮説をたて謎を解き真実を明らかにするように、本書でも「古事記」の様々な謎を解くために、様々な仮説を立て様々な事実が矛盾なく説明できることを示した。その結果、通説とは異なる「驚愕のヤマト王朝創世記」が、明らかになったと思う。
この謎解きの過程は、あたかも化石に固められた二次元の静止画像であった歴史を、私達と同じ生身の人間が、息づき動き回る三次元動画像に焼き直す作業だったようにも思える。神話の中でも私達と同じ生身の人間が、苦しみ、喜び、怒り、泣き、悲しみ、考え、陰謀を巡らし、働き、戦い、逃げ出し、躍動していた。結局、我々人間は、昔からあまり進化していないのではないだろうか。
歴史を知れば、必ず正義が勝ち、悪が滅びる訳ではないことが良くわかる。しかし必ず正義が滅び、悪が栄える訳でもない。正義や悪とは関わりなく、歴史はそれが必然的な神の意志であったかのように、すべてを飲み込んで大河のごとく流れていくのである。
