OB合宿に行ってMケンとかKYくどうとかとテニスについて話してたらテニスへのモチベーションがめちゃめちゃ上がったので、テニスのことを書くことにします。

なんでブログに書くかというと、思ったことを忘れないようにするためと、みんなの意見を参考にするためです。

今日みんなと話してて、自分一人で考えるよりみんなの考えを聞いて参考にした方がぜったい上手くなると確信したので、どんどん意見ください。
俺が書いた意見をボコボコにするような意見は、考える引き出しが増えるのでむしろ大歓迎です。
間違った考え方を持ち続けることの方が怖いので、凹まないからどんどん否定して下さい。



・なぜ上手くなりたいか?
一言で表すと、楽しむためです。
勝ち負けやミスやスーパーショットに一喜一憂するテニスもかなり楽しくて面白いですが、自分の課題を見つけて克服することを考えて実行すればさらにテニスを楽しめると考えたからです。

自分の課題が明確だとやる気も出るし。

上手くなればプレーの幅が広がって色々できて楽しいし。

「適応能力」という言葉がある。


人間が環境に応じて自身の性質を適したものへと変えていく能力である。

新しいコミュニティに属する際には、そのコミュニティのルールやマナー、暗黙の了解等を覚えて守ることが要求されるが、適応能力が高ければ高いほどすぐに覚えて守れるようになるだろう。そして次第に当たり前のこととして受け入れるようになる。


しかしそのことは属するコミュニティの持つ短所に気づきにくくなるということも意味している。自分が当たり前だと思っていることを当たり前たらしめるのは、自分の経験であり環境でありコミュニティである。その当たり前によって常に無自覚に自分に苦痛を与えていることにいい加減に気づけ。お前らは愚民だ。


気づくためにはどうしたらよいか?

自分が当たり前と思っていることを疑っていく作業が必要となる。思想的な、コミュニティの破壊である。だが当たり前のことは当たり前であるが故に疑いにくい。


そこで次善の策として、自分が良いと思うことを悪いと仮定し、悪いと思うことを良いと仮定する手法がある。ここで言う良い悪いはコミュニティ内の善悪に関わらず、自分の基準で判断してもよい。この方法は当ブログでもネタに困ったときに度々行われている手法である。



以前、知人に「自分がいるコミュニティの方法論が全てじゃないよ。」という旨の発言をされ、「そんなの当たり前じゃん。知ってるよ。馬鹿じゃないの。」と思ったことがあった。おそらく懸命な読者諸君は当記事を読んでそのように感じていると思うが、つまりはその「当たり前」こそが疑うべき事柄である。


というこの記事を疑うことから始めてみてはいかが?

なにもかも上手くいかない。

何をやってもダメ。

かといって何もしなければもっとダメ。

上手くいかないから、何もする気が起きない。

さらに事態は深刻に。


しかし、そんな負のスパイラルから一瞬で抜け出す方法がある。


それは自分に甘くすることである。

自分の中の判断基準を今よりも甘くやさしくする。

そうすることで全てが上手くいく。

ブログは一年に一回更新すれば上出来。半年に一回更新すれば天下一。つまり私は最高。


現状を最高な状態にするために、自分の判断基準および価値観を現状に合わせて甘くする、もしくは厳しくする等の最適な状態に変える技術。

「自己満力」とでも名づければよいだろうか。

自己満力が最大ならば、理論上は常に最高の快楽を味わうことができる。


何のために努力する必要があろうか。

現状が悪化したとしても価値観を変えて対応すればよい。

いや、「現状の悪化」など起こりえない。

めんどくさいことは自己満力の低い者がなんとかしてくれるだろう。


つまり私は素敵。