■自分はいたって平均的な人間
40歳を過ぎるまでそう思っていました。
けれど、メタ認知を意識するようになったのと、
親がどういう人間かというのを客観視するようになったことで、
この40年の自分のあり方を見つめ直すきっかけになりました。
親は意図して子を𠮟り、時にコントロールして自立を促す所、
何を思ったか親自身の承認欲求などで子供を無意識に
(あらゆる意味で)消費してしまった場合、その子供は
成人してアダルトチルドレンとなります。
健全な対人関係が築けない為、仕事、恋愛、交友関係が
大変難しくなります。
ただ、聡明な人(普通の人?)は10代半ばでこのことに気づいて
しっかり自立していくようです。
■どうやらうちはおかしかった?
違和感を明確に認識しはじめたのは、
甥が生まれて父が爺になってから。
甥が赤ん坊のうちはまあ爺らしくあやしていた。
ある程度大きくなって爺が甥を叱って(怒って)いる視線が
あまりに低い事に気が付きました。
小学校低学年の甥と同じレベルで言い合いをしているのです。
立場の上の人間が低い位置に下りてきて諭すとかではなく、
その様子は小学生の兄弟が口喧嘩しているようなレベルです。
しかも最終的には甥の言っていることが正しかったという始末。
公共の場でそのような状態になったので、
他人として客観的にその様子を見ることができました。
その後、父親が子供のころから私に吐いてきた言葉、
振る舞いを世間との差を踏まえて顧みることで、
今まで自分が当たり前と思って周りの人間に言ってきたこと、
やってきたことを反省するに至りました。
関わってきて下さった方々、大変申し訳ありませんでした。
■おまえのせいやろが
人のせいにして、というのは大人として一般的に
大変恥ずかしいことだと思っています。
私自身も今、大変恥ずかしい。
が、自分をメタ認知するのには必要悪だと思います。
幼稚園児の甥を肩車して天井の梁に頭をぶつけた父。
へらへら笑いながら甥に『おまえのせいやろが』
(車の助手席に乗りたくない)
帰省時に何かの会話の癪にさわったのか
『今おまえがそんなんなっとんのはおまえのせいやろが』
(何の話や)
突風で部屋の扉がバタンと閉まったら
突然切れて自室の私を殴りに来る。
(扉をしっかりしめなかった私のせいで驚いた)
■長男だけど弟
私は長男でありますが、子供時代を振り返ると
それらしい立場ではありませんでした。
父は末っ子ですが、その末っ子が家長になった訳ですから、
長男たる私は父の子分のような存在。
長男のおさがりを下の子に、というのはよく聞きますが、
実家では父のおさがりを私が使っていました。
エレクトーンを習わしたいという母の希望で、父の故郷から
おんぼろエレクトーンが運ばれてきたことを覚えています。
私が使っていた勉強机も60年以上前の終戦直後のボロボロの木製
対して妹達はきれいな部屋に新しい勉強机。
最新式の50万円以上する電子式エレクトーンを与えられていました。
父は立場上、妹には手を挙げられなかった為、
姉妹間の喧嘩の解決に父の拳骨と私の頭がよく利用されていました。
(意味がわからない)
あらゆる意味で家庭内カーストの最下層にいた訳です。