今回は日向坂46の「卒業写真だけが知ってる」の歌詞考察をしていきたいと思います。


この楽曲の歌詞は、


主人公(僕)が1人のクラスメイト(私)のことをずっと好きだったけど卒業式の最後まで告白出来ずそのまま2人は別々の進路へ向かってしまう。

しかし、僕は何年も経った今でもクラスメイトのことが好きで好きで忘れられない。


というような切ない恋心を歌った歌詞だと一般的に解釈されていると思います。

もちろん、この解釈も素晴らしいと思いますし、私自身こういった思いがなかなか届かない切ないラブソングが大好きです。


ただ、何年か経った今でも卒業アルバムを捲って左の三段目で微笑んでるクラスメイトを見て、好きだァァァァってなっている場面。

ナヨナヨしていて重すぎるというか…

新しい出会いもきっとあったはずなのに過去をずっと引き摺っている印象もあり共感できそうでできない感じがモヤモヤしていました。


この曲自体は好きなので何となく聞いていたある日、2番の「まさかそれが本当のサヨナラになるなんて」という歌詞に違和感を覚えました。

この歌詞は一見、卒業後、進路がバラバラになり疎遠になり二度と会うことがなくなってしまったという意味合いに取れると思います。

しかし、卒業後疎遠になり二度と会うことがなくなってしまうなんて想像出来るような気もするんですよね。

「まさか」と言うほどの驚きがあるのかなと違和感を抱えて考えてみました。



もしかして、主人公が好きだったクラスメイトって亡くなっているのでは?


そうだとしたら「まさか」本当のサヨナラになるなんて…という主人公の気持ちも理解できるし、卒業アルバムを捲ってクラスメイトのことを思い出し、好きだァァァァってなるのも理解できるなと。


もし、亡くなっていたとしたらどんなストーリーになるのだろうか。

興味が湧いたので考察してみます。



・サビの「僕が好きだったこと」

本当に今も好きでいるならわざわざ過去形にする必要はあるのか?

もう一生(物理的に)叶わない恋だから過去形になっているのではないか。


・「もしもあの時告白してたら 今そばにいてくれたかな」

私は、クラスメイトが亡くなった原因はおそらく事故だろうと考えています。(後述で考察します。)

もし、卒業式の日に告白して付き合えていたら…帰り道一緒に帰ることが出来ていたら…彼女は死なずに済んだのに…というような後悔を歌った歌詞なのかなと。


・「それぞれの人生がいくつもの道に分かれていると」

一見卒業後の進路のことを思い浮かべますが、その進路の中に突然の死というのも含まれるのかと。


・「私も好きだったのに…」

天国から主人公のことが気になっていたクラスメイトが主人公の様子を見て呟いた言葉ではないかなと。



・MVによる考察

小坂菜緒さんが主人公の好きだった人。

他メンバーがクラスメイトと仲が良かった人達。

カメラ(視聴者)が主人公。


という設定でMVを見ていきます。


序盤は小坂さんと仲が良かった人達との思い出の振り返り。それを眺める主人公。

しかし、途中から違和感があります。


このシーン





小坂さんはみんなの中に交わることなく、眺めているだけなんですね。

これは彼女が既に亡くなっていることの比喩かなと。



先程、彼女が事故で亡くなっていると記述していましたがその根拠がこちら。



卒業式をモチーフにしたラブソングなら、校庭とか桜並木とか教室とかでダンスシーンを撮影すればいいと思いませんか?

わざわざ車道のど真ん中で踊っているのが気になります。そして後ろに立っている1本の桜の木。

桜には「優美な女性」「純潔」と言った花言葉があり、センターの小坂奈緒さんのイメージにピッタリですが一方で「死の象徴」とされることもあります。


車道のど真ん中でのダンスシーン。

その後ろに佇む桜の木。


これらのことからもしかしたら、

主人公の好きだったクラスメイトは卒業式の直後不慮の事故で亡くなってしまい、そのことを知った主人公がもし、自分が告白して付き合えていたら…

帰り道一緒にいれば事故は防げていたかもしれない。それは何年か経った今でも卒業アルバムをめくる度に思い出させる記憶であり、その度に主人公は好きだった彼女のことを想うのであった。

天国からその様子を見た彼女がボソッと「私も好きだったのに…」とつぶいたというストーリーを思い浮かべました。


以上ヲタクの勝手な妄想でした(*¯︶¯♥)