私は金爆ギャではないなー、と思う。
金爆ファンではあるけれど熱心というよりは、穏やかに最期まで好きでいたい。
遠くから見ているけれど、絶対に視界からは外さない感じ。

逆に、虜を名乗るかどうか今ちょっと考え中です。
そんな、2年目で虜とか古株虜の皆さんの反応が恐ろしい。でも、アルバムは「Six ugly」以外入手したし、ちょっと名乗ってみたい……。

金爆は大好きですがDIRは好き+尊敬。金爆が大本命ならDIRは別格。そんな違い。
鬼龍院さんの音楽宗教論について何となく考えてみる。

最たる主張は、「生演奏だけが音楽ではない」と読み取れるが概ね賛成。

ただし、主観的に見ると下の状況も考えられる為、私は客観的に見て、と解釈した上での賛成とさせてもらいます。

同時に、音楽は音を楽しむもの、私は生の音しか楽しめないなんて人の主観からすれば「生演奏でなければ主観的に音楽ではない」も成立すると考えています。

そしてバンドとは生演奏を美とする音楽表現の一形態であり、「生演奏でなければ主観的音楽ではない」が成立する人達が、それはもう沢山集まっているであろうジャンルですね。
そんな中に、エアとは言え、バンドを名乗り飛び込んでいる。もうアホというか何というか。

ただし、バンドを愛するあまり、本来は両立出来る筈の「生演奏だけが客観的音楽ではない」と「生演奏でなければ主観的音楽ではない」を両立して考えられず、主観を客観にまで拡大して、やれ打ち込みは本当の音楽じゃないだの糞だのと知ったかぶって批判する者の意識を変えるには、エアバンド形態は確かに適しているのだろうから一概に否定も出来ませんな。

鬼龍院さんは後者を変えたいと捉えておくのが自然でしょうが、前者の神経まで逆撫でしてしまっている印象を受けます。


余談ですが、打ち込みと演奏の音色の差は無くす事は可能でしょう。ただし生の重さというのは打ち込みでは中々再現出来ないでしょう。でも不可能ではないと信じてます。
そしてそんな、音色の差が無い音源が出来た場合、確かに聞き分けは不可能と予測。

後、良い音でないと良い曲でないというのは反対。元々良い曲の魅力をさらに引き出す為に良い音が必要、には賛成。

で。
私がちょっと不思議に思っているのは、ゴールデンボンバーの演奏tatsuoさんがやってるからCDは生演奏なんだなぁ。
生演奏に関する意識を本当に変えたいなら打ち込みで素晴らしい音色を作る、それくらいの勢いでないとちと説得力には欠けるかと……バンドで活動するなら尚更。

何か、鬼龍院さんの音楽宗教論を利用した自分の音楽論になりつつあるな……

鬼龍院さんの音楽宗教論がまるまる世に出る日が楽しみです。果たして私の解釈は合っているのか……

合ってるといいな。


何だかんだ言って金爆好きですし。
冬になると聴きたくなる曲ブログネタ:冬になると聴きたくなる曲 参加中


もうバンドマンに恋なんてしない/ゴールデンボンバー

かな。

最近まで冬になると何が聴きたくなるとか、そんな感情は無かったですからな~

でも、テニプリ好きだった頃、色んなキャラがバレンタイン・キッスをカバーしてたのは楽しみでした。
今年度は誰なんだろう的な。