Daily ☆ Insights

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感性を磨きたい。nakonakoの毎日の感覚です。

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ときどき、これから来る「未来」の気配を感じて、
ココロがすごくワクワクすることがある。

たとえば、ふと夜空を見上げたとき。
広い宇宙の果てはどうなってるんだろう?
宇宙は何からできているんだろう、って考えてみたり。

たとえば、見たこともないような洗練された機械に触れたとき。
滑らかでスムーズな動きはどこから来るのだろう?
これは人間の五感を体現したコンピュータなんだ、って気が付いたり。

たとえば、誰かと話していて未来のカケラが見えたとき。
この人が見ている先にあるものはなんだろう?
きっとこの未来のカケラが集まって形になっていくんだ、って感じてみたり。

自分のココロが自然に考えたり、感じたりしているような、
普段のなにげない出来事が、たくさん積み重なっていって…。
まだ誰にも見えていないような、これから来る「未来」の気配は、
ひとつずつのパズルのピースみたいなものかなと思えてくる。

何かのきっかけで、今までばらばらのように見えていた、
そのパズルのピースたちが、一気につながっていくような感覚が来る。

そういう瞬間が、かならずある。
そういう感覚は、絶対に分かる。

なぜなら、いつも自分のココロが、
ワクワクする「未来」の気配を探し続けてるから。
いまの自分にないものが、これから来る「未来」の中にきっとあるから。
そして、その未来のカケラを持った人たちが、
見たこともないような、新しい「可能性」を自分にくれるから。

日常出会うさまざまな人々や、いろいろな場面から、
前向きに、「未来」の気配を感じ取っていくこと。
すべてが楽しくて、こんなにココロがワクワクすることって、
自分自身にとっても、すごく貴重なことだと思うし、
そしてなによりも、すごく素敵なことなんじゃないかなって思ってる。
最近、目に見えないものや、カタチのないものの価値について、
ふと考えることがある。

ほんとうに、日常でそういう場面に出会うことが多くて。
この感覚って、反対の発想から感じることが
自分にとっては、すーっと頭に入ってくるような気がしてる。

誰の目にも見えて、価値のあるもの。
それは、たとえば、お金。
あらゆるモノやサービスに対する共通の価値を示しているから。
これは分かりやすい。

誰の目にも見える、カタチのあるもの。
それは、たとえば、さまざまなモノ。
どんな物質でできていて、素材が何なのかを手で触れることができる。
これも人間の感覚としては分かりやすい。

でも。

いま、自分の目に見えないものや、カタチのないものの価値は、
どうすれば気が付くことができる?
どうすれば感じることができる?

誰の目にも見えないけど、きっとすごく価値のあるものがある。

それは、たとえば、人と人のつながり。
見えない絆。将来の可能性。ココロの距離感。
誰かの笑顔。柔らかくて温かい雰囲気。
未来への引き出し。新しい発見。
これが、いまの自分にとって、目には見えなくても、
カタチがなくても、価値のあるものたち。

もちろん、目に見えないものの価値をどう考えるかは、
人それぞれだと思うし、誰かと同じである必要もないのだけど…。

その価値を、自分がどう感じるかという繊細な感覚と感性、
自分がどう関わりたいのかという意志が大切なんだと思う。
そして、これからの未来に向けて、目に見えないものや、
カタチのないものの価値の感覚をつかむためには…。

それらのすべて包みこんでしまうような、
ベールのようなふわっとした感覚を
自分自身がいつも持っていることなんじゃないかなって…
最近なんとなく思い始めてる。
誰かと一緒に話をしているときに、ときどき、ふと思うことがある。
あっ、いまこの人と考えてるコトが同じかも… とか、
自分の感覚とすごく近いかも… とか。
急にそんな「近さ」みたいな感じがすることって、ほんとうにあるんですよね。

そういう一瞬の感覚って、いつでも、誰に対しても、
常に感じられるものではないのだけど、不思議な気持ちになる感覚なのです。
物事に対する価値観が同じだということも言えるけど、
そんなに難しい話じゃなくて。

自分と「ココロのレベル」が近い人。
心理学的にはそう見えるみたい。
ココロのレベルが近い人ほど、お互いに共感できることも、
共感できる時間も多くなるはず…。
感覚的に、近いと思えるから。

でも、実際には、人と人の「ココロの距離」って、なかなか埋まらない。
ほんとうの距離はその人の向かってる方向にずっと広がっていって。

同じ方向に向かってる人は、誰かを追いかける構図。
お互いに歩み寄ってる人は、ココロの距離が近づいていく。
それぞれが自分の進むべき方向に道を追求してる人は、
ココロの距離がなかなか近づかない…。

ほんとうにココロのレベルが近いと感じられるのに、
ココロの距離はまだ遠いと思う人がいる。
それは自分自身も、自分の道を追求してるからなのかな…。
でも、どうしてもココロの距離を縮めたい。

だって、ココロのレベルが近いと思える人に出会えることって、
ほんとうに貴重なことだと思うから…。
不思議なのだけど、なんだか特に理由はなくても、
人に会いたくないときってあるんですよね。
静かに、ひとりで、ぼーっとしていたい時が。

反対に、なんだかすごく誰かに会いたくなるときもある。
会って話したい。にきやかに、ワクワクしたい。
好きな人に会って、ドキドキしたい時が。

同じ1人の人間なのに、そのときどきによって、
思うこと、感じることが違う。
気分の問題なのかな…。
お天気のせいじゃない。誰かのせいでもない。
自分のココロが趣くままに。

寂しい気分とか、落ち着きたい気分とか、
騒ぎたい気分とか、温まりたい気分とか、
そういう感覚でもなくて。

なにかを真剣に考えなきゃいけないとき。
周囲のノイズから離れたいとき。
集中力を取り戻したいとき。

会いたい人がいる。話したい人がいる。
いますぐに会えなくても、ココロが落ち着いたときに。
これから会いたい人にも。まだ会えない人にも。
自分がここにいるよってことを、伝えたいからなのかも知れない…。
初めて会って、あいさつを交わす人。
オンラインでやりとりしているけど、会ったことのない人。
毎日会ってる、友達や会社の仲間たち。

それぞれ形式は違っても、
人と人のコミュニケーションに変わりはなくて。

ただ、やっぱり、直接その人に会ってみて、
感じられる雰囲気とか、顔の表情とか、しぐさとか、
いろいろなものを感覚的に感じられることってあると思う。

インターネット上であらゆる形のやりとりが
できるようになったことで、リアルな世界じゃないのに、
リアルな感覚を身近に感じられるようになったのはたしか。

だから、一度も会ったことのない人でも、
普段からオンラインでやりとりをしていると、
初めて会った気がしないのもたしか。
そういう経験を何度もした。
それはそれで、嬉しいこと。

でも、やっぱり自分から行動していって、直接人に会って、
いろいろな話をしたり、その人を感じてみたり、
考えをぶつけてみたり…。

そういうプロセスが少なくなると、
人間らしい感情がなんだか薄れていく気がして。
そういう本来の「感覚」を取り戻すためにも、いまは、
少しでも自分を「Back To Basic」させる必要があると思ってる。