こんにちは。まなべゆうです。

都内の大学に通う大学3年生ですニコニコ




3月1日、


本格的に就活が始まるこのタイミングで、

自分が将来何をしたいのか分からなくなってしまいました。。。


就職はしなきゃいけないものと考えてた私にとって大きな壁にぶち当たっているような感覚です。




なので、自分の人生を振り返るとともに、私がこれからどうなりたいのか考え直してみたいと思います。



就職しなきゃなりたい人生を叶えられないのか、この答えが出れば今の自分がしなければいけない行動が見えてくると信じて、ブログとして書き残していきたいと思います。



(少し長くなりそうなので分けて載せていこうと思います。)











過去。


私は物心のつき始めた小さい頃から両親の仲が悪く、その2人の間で板挟みになって生活してきました。2人は今日の今日まで仲直りすることなく、それでも離婚もせずに共同生活を続けています。きっと私がいるからでしょうね。



家事をしないで引きこもってゲームをする母親と不満を垂らしながら家事と仕事をこなす父親。その間で私は面倒なことにならないようにわがままは言わず、自分の身の回りのことだけでも最低限こなすようにしていました。自分の食事の用意、お皿洗い、洗濯。自慢ではないですが、卵焼き結構きれいに作れるんですよにやり






母は毎日楽しそうでした。仕事から帰ってきたら自室に引きこもり、友人とスカイプをつなげてゲームをする。笑い声が私の部屋まで響いてくるくらいです。休日になると友達と麻雀をしたりネカフェに泊まったりとまあ自由な生活をしてるみたいです。一日中家にいないことがあるのであ、また遊んでるなってすぐわかりますぼけー







一方父は母親に対して不満そうでうらやましそうで、どこか寂しそうで辛そうで一体何を考えているのか、はっきり言って今でもわかりません。


何もしない母親に代わりだまって炊事洗濯掃除ゴミ出しを淡々とこなす父。家のことはよくわかりませんが、教育費、家賃、光熱費等々父親が全て払っているように思います。







そして少し読んで察しがつく人もいると思いますが、この家にはコミュニケーションというものがありません。



母と父が喧嘩したあの日から、私の家には会話と思いやりが消えました。みんな自分のことだけしか考えなくなりました。私もそうです。親とは名ばかりの赤の他人です。父と母が普段何をしていて何が好きで何が嫌いで何を考えているのか知りません。生まれた年も職業も。知りたいという感情も無くなっていきました。


だって赤の他人ですから。





自分の家が特別だとは思いません。こんな家庭は他にもきっとあると思います。


不幸だとも思いません。私は不自由なく育てられたと、そう思います。





ですが、ふと考えることがあります。


家に帰ってきて、おかえりと言って温かいご飯を用意してくれる母親がいて、仕事から帰ってきた父と3人で食卓を囲む家庭だったらと。


休日には外に出かけて、旅行とまではいかないまでもショッピングや外食をして、

たまにはこんなのも悪くないなと思える家庭だったらと。




考えだすととてもきりがありません。

あの日、どんな理由で2人が喧嘩したのかわかりません。

まだ幼かった私は泣きながら2人を仲裁した記憶だけは残っています。




ですが、2人のくだらないプライドから、今の今まで仲直りすることなく、

こうして私は何今不自由ない孤独な暮らしを得た代わりに



どこの家庭にもあると思う大事な何かが奪われた、そう思います。






これが私の育った毎日です。







とざっくり自分の育ってきた環境について書いてみました。



今までのことを振り返ってみて、自分の夢とか希望とか自分のしたいことがなんなのか全く見えてこないんですよね。照れ





次のブログでは

今思うこと、これからのことを踏まえて私が将来叶えたいことをもうちょっとじっくり考えてみようかなと思います。







20210303 #2