(S side)
呼び鈴が鳴って。
玄関を開けると、そこには心配そうな顔で俺を見てる智くんがいた。
「翔くん…」
無言で中に入るよう促して。
リビングに通すと、智くんは迷うことなくソファに座って。
テーブルにあるウイスキーを指して、もらっていい?と聞かれたから、グラスに氷を入れて差し出すと、遠慮することなく、そのグラスにウイスキーを注いだ。
俺も、すっかり氷が解けたグラスの中身を流しに捨てて、新たに氷とウイスキーを入れて、智くんの隣に座った。
「なんで……」
「?」
「なんで、分かったの?」
問うと、智くんはふわりと表情を和らげて、少し得意げに笑った。
「最終日の、2人のユニットを見てる時の、翔くんのカオ見たから、俺」
「智くん……」
「大事な決断をした時のカオだった」
「………………」
「だから、『その時』は、傍に居てあげたくてね……気にしてた。珍しくカンが働いて電話してみたら……声聞いたらすぐ分かっちゃったし」
グラスを傾けて氷にウイスキーを潜らせてから、ゆっくりと琥珀色の液体を流し込む智くんの横顔をじっと見てから、視線を逸らした。
あんなに、酷いことを言ったのに…
それでも、貴方はこうして俺を気にかけてくれるんだね……
「ただの、執着だったんだな…」
貴方なら聞いてくれると。
グラスの氷をカラリと言わせながら、ゆっくりと喋りだした。
「意地になって、ムキになって、子どもがお気に入りのオモチャを取られたくなくて駄々捏ねてるのと、何にも変わらない……」
ホントに、ガキだ。
そんなみっともない自分を知られたくなくて、張った見栄で、結局、みんなに迷惑かけまくった、ただのガキ……
「そんなこと…言うなよ」
「智くん?」
「翔くんは、ちゃんと相葉ちゃんのこと好きだったでしょ。その想いまでなかったことにするなよ」
「………………」
「ただほんのちょっとその想いが強すぎただけ。そのせいで迷って色んな人を傷つけたかもしれないけど、ちゃんと自分で考えて、自分で決断して、相葉ちゃんを解放してあげられたじゃない。それって、相葉ちゃんのことが好きだからだろ? 好きだから、相葉ちゃんには幸せになって欲しいって思ったんだろ?」
素直に頷けなくて。
智くんから視線を外した。
「辛かったね、翔くん。本心は、翔くん自身が相葉ちゃんを幸せにしてあげたかったんだよね……」
「『幸せにしたい人』と『幸せになって欲しい人』がイコールだったら、恋愛ってもっとスムーズにいくんだろうね」
『幸せにしたい人』と
『幸せになって欲しい人』
必ずしも、イコールではないと。
もっと早くに気づいていれば。
雅紀のこともニノのことも傷つけずに、済んだんだな……
ほんと……バカだ、俺……
ふと、昔の事を思い出した。
仕事が上手くいかなくて、自分じゃどうにもならなくて諦めるしかなくて苛立っていたことがあった。
苛立ちが頂点に達して、爆発寸前になった時、ふと背後に温かい何かを感じて。
振り返るとそこには智くんが居た。
それで…それだけで、爆発しそうな感情が収まった。
それからも。
『3秒でキレる』
と言われてた俺が、いつの間にか、周囲から「大人になったね」と言われることが増えた。
あの時は、歳を重ねれば誰だって落ち着くだろと思っていたけど、そうじゃなかった。
何も言わない、何もしない。
ただ、隣に居ただけだったけど。
それだけで、心が落ち着いた。
誰彼構わず当たり散らしそうになっていた感情が、和らいだ。
貴方は、昔からずっと…俺のストッパーでいてくれたんだね。
気づかなくて、ごめん。
「ニノと相葉ちゃんに、ちゃんと向き合えるよね? 大切な仲間だもん、翔くんなら、できるよね」
…多分、出来る。
「出来ないなら、出来るようになるまで俺が寄り添うよ」
出来る、と言えば貴方は寄り添ってくれないの……?
だったら、しばらくの間は出来ないって、言っても…いい?
貴方のその深い懐に、甘えても、いい?
雅紀と離れてから一度も泣けてなかったことに、今、気づいた。
「……とりあえず…」
「ん?」
「泣いても…いい、ですか?」
恥ずかしくて声がめっちゃ小さくなったけど、智くんは優しく笑うと膝の上の手を包むように握ってくれた。
その手の温もりに、ようやく心の痛みを自覚出来て、自然と涙が溢れ出た。
だけど、やっぱり顔を見られるのは恥ずかしいから、智くんの肩にコトンと頭を乗せて、感情のままに、泣いた。
哀しいのに、辛いのに。
流れる涙と肩と手から広がる温もりが、それを中和してくれているのだろうか。
別離のための涙が。
気づけば、安堵のそれに変わってて。
そうさせてくれたのも、貴方なんだね。
智くんが居てくれるなら。
雅紀とも、ニノとも。
笑って会えるような気がする、よ。
Another story fin