人はなぜ生まれ、なぜ死んでいくのだろうか

 

そんな、答えのない疑問を考えることに意味があるのかはわからないが、自分の考えをまとめ世に発信することで、自分の人生がより幸せなものになるのでは?と考えblogを始めることにする

 

そもそも、人に限らず、生命体が誕生した理由を考えるにあたって、なぜ地球がうまれたのか、なぜ宇宙がうまれたのか、という抽象度の高い解が必要になり、その答えを完璧に証明した人間は私の知る限り現在いない。

さらには証明したところで自分の人生がより幸せなものになるとは限らない。

むしろ、不幸せなものになる可能性もある。

 

であれば、考えないほうが良いのではないだろうか。

 

 

私は現在、重度の障害を患った方々とともに生活を送っている。

自身で歩くことが出来ず、食べることが出来ず、会話することが出来ず、人によっては呼吸すら機械の力を借りて何とか行うことが出来る。

そんな方々と共に生活を送っていると、否応なしにこんな疑問がわいてでてくる。

 

なぜ生まれてきたのだろうか

なぜ死んでいくのだろうか

 

理由づけは様々な角度からつけることができる

 

・ 親の生きる希望(理由)を持つため

我が子がそうなったら、何とかして助けたいと思うのが親というものだ

 

・ 多くの人間を長く生かすため

さまざまな疾患を治療するためには膨大なエビデンスが必要になり、そのためにも多くの疾患を抱えた人は必要

 

・ 人と人とが触れ合うことで生まれる多くの情動を得るため

自分がそうなったらどう感じるか、生きたいと考えるか等、答えのない問いに情動を動かされる体験が自身の未来に対するエネルギーに変わる可能性がある

 

他にも、人間が永遠に死ぬことができない未来を創るため、生死を自身の本当の意思で決定することができる未来を創るため…

 

なんとでも理由は作れるだろう

 

 

 

私は、このことにおいて宗教に類似するものだと考える。

 

本人が信じるか、信じないか

 

信念として持つか、持たないか

 

結局のところ、問題定義に対しての正しい答えはないまま、私は今生きているし、おそらく将来死ぬだろう

 

 

であれば、自分が幸せと感じながら生きていきたいし、死んでいきたい

 

人は幸せを感じるために生まれ、死ぬ

 

これを信念にもち、自身の人生哲学を深化させていく

 

 

 

 

それが正しい生き方だと考える