タクシーの運転手さんに、翔くんから届いた店の名前と住所を言って「なるべく急いで下さい」ってお願いする。
背もたれにドサッともたれ掛かって、今度はスマホの着歴からかずの名前をタップする。
すぐにコール音がし始めたのに、一向に出る気配がない。
20コールくらいで切っては少し待ってかけるのを3回繰り返して、これは音消してカバンの底に入ってるパターンだなと予想する。
ヤバイな。
それは、かずがおいらからのコンタクトを拒絶する時の反応だから。
そんなに怒らせちまったのか?
や、怒ってんならいいんだよ。
良くねえけど、まぁいいよ。
困るのは、寂しい時と泣きそうな時。
アイツ、あんなに口が達者なくせに、大事なことはてんで上手く言えないの。
雑誌のインタビューだって、テレビだって、丁寧に説明しようとすればするほど、解りにくくなっちまうの。
器用過ぎるかずの、不器用なところ。
おいらはかずの言いたい事わかるんだ。
アイツの解りにくい話を1番聞いてきたのはきっとおいらだから。
初めてアイツを好きだって言った時、真っ赤になってわかんないこと言いながら、それでも『俺もおーちゃんのこと好き』って言ったあの時から、いや、その前から。
アイツがおいらの近くに居るようになって、遠くに離れて電話で毎日話してた頃から、アイツの言葉はいつもおいらに元気をくれた。
大事な事ほど恥ずかしくてこねくり回して話すかずを、おいらは大事にしてきたんだ。
ちょっとすれ違っただけだ。
おいらがバカみたいにお前を好きで、バカみたいに不安になっただけなんだ。
だから、頼むから、無事でいてくれ。
タクシーの後部座席で、返事のこないスマホの待ち受けを見ながらかずのことだけ考えてた。